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東京は赤坂の高級住宅街に、廉市議員の自宅はある。
また東京か……と思わざるを得ない。いや、東京自体が悪い訳じゃないんだ。日本の首都で人口も多いから、それに比例して面倒事も多いというだけ……。
豪邸と言うには少し慎ましいけれど、決して安いとは言えない、少なくとも中の上ぐらいの洗練された洋風建築の邸宅。それが廉市議員の自宅兼事務所だ。ここに僕を含めて五人の頼来警備保障の警備員が泊まり込みで、廉市議員を警護する。
客を五人泊めさせるだけのスペースはあるって事は、やっぱり豪邸じゃないか?
……いや、豪邸だの豪邸じゃないだの、豪邸の定義については、今はどうでもいい話だな。とにかく僕達は一ヶ月、廉市議員を守り通せば良い。
五人の警備員の中には、僕以外にも二人のフォビアの人がいる。
一人は拳さん。バイオレンティストにやられてから半年の入院生活を終えて、最近復帰したとの事だった。両頬と顎と額に痛々しい手術痕があったけれど、これで箔が付くと拳さんは笑っていた。もう一人は眠さんだ。
廉市議員は僕達警備員とは顔を合せなかった。
代わりに家事代行のおばさんが、僕達と警備についての話をする。
廉市議員は普段は自分の部屋にいるから、家の周囲を警備するだけで良いらしい。つまり僕達警備員は家の中じゃなくて、外にいろって事だ。家事代行の人は申し訳なさそうにしていたから、これは廉市議員の要望なんだろう。いくら警護だからって、知らない人に家の中をうろつかれるのは嫌だって事か……。
気持ちは分からなくもない。でも、夏真っ盛りに屋外にいるのは、結構しんどい。ずっと日の当たる場所にいないといけない訳じゃないけれど、それでもだ。庭にはミストシャワーが設置されているけれど、どこまで効果があるか……。
警護の初日は家の周囲に監視カメラを設置して、その後は庭で映像の確認。
それから僕達フォビア持ちは庭で監視カメラを見て、普通の警備員の二人は邸宅の正面と裏を見張った。朝昼夜のご飯は仕出し弁当だ。炎天下でもお腹は空く。
最初の三日間は何も起こらなかった。怪しい人物が入り込むという事もない。このまま何も起こらずに終わってくれるといいと思っていたけれど……。
四日目、遂に事が起こった。お昼のお弁当がなかなか届かない。正午を回って午後一時を過ぎた頃に、家事代行のおばさんが申し訳なさそうな顔をして僕達に言う。
「済みません。配達の方が事故に遭われたみたいで、遅れても良ければ再配達するとの事でした」
「どのくらいかかりそうですか?」
皆を代表して拳さんが問いかけると、家事代行のおばさんは困った顔で答えた。
「一時間ぐらい後になるそうです」
「ちょっと待てないですね。こっちはこっちで勝手に食べるんで、大丈夫ですよ」
「済みません」
「いやいや、今回は事故ですから。それに配達の方でしょう? あなたの責任ではないですよ」
それで話は終わったけれど、一つ気になる事があった僕は、家事代行のおばさんに話しかける。
「あの……事故って、何があったんですか?」
「交通事故だそうです」
「どんな事故ですか?」
「交差点で対向車と衝突したと……」
「配達の人は大丈夫だったんですか?」
「重症ではないそうですが、念のために入院したそうです」
「相手の人は?」
「そこまでは……」
「どっちが悪かったとか、そういうのは?」
「分かりません……」
「いや、深い意味は無いんです。ちょっと気になっただけです。変な事を聞いて済みません。ありがとうございました」
もしかしたら例の交通事故のフォビアじゃないかと、僕は思った。でも、これだけの情報じゃ何も分からないな……。フォビアとか無関係で、普通の交通事故なのかも知れない。因果関係は分からないけど、とにかく事故を誘発するフォビアなら、観念系のフォビアって事になるのか?
その日はそれだけで何事も無かった。
だけど更に二日後、今度は家事代行のおばさんが事故に遭ってしまう。昼下がりの買い物帰りに、歩道に突っ込んで来た車に撥ねられたという話だった。幸い大怪我ではなかったらしいけれど、数日は入院するので、代理の家事代行の人が送られる。
僕は段々先の事が不安になって来た。この調子で廉市議員の関係者を一人ずつ排除して、追い詰める気なんじゃないだろうか?
一時的に家事代行の人がいなくなって、いよいよ僕達の前に廉市議員が姿を現す。テレビや雑誌、新聞で見るのと違って、余り鋭さとか刺々しさは感じない。ただ……無気力で気怠そうだ。本当にこの人は大臣だったのか?
「明日には新しい家事代行の人が来るから、それまでは勝手にしててくれ。余り家の中をうろつかない様に」
人嫌いなのかな? それとも元からこういう性格の人なのか? イマイチ分からない人だ。やっぱり元大臣の威厳みたいな物は感じない。若いからなのか、それとも人徳が足りないからなのか……。
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