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休憩室では暖房が入っている。夏なのに暖房を使うって変な感じだけど、僕も体が冷えていたからちょうど良い。
石建さんは休憩室のテーブルで、栄養補給のゼリーとドリンクを飲食していた。
「女子の食事をジロジロ見るでないよ。変態か?」
僕と目を合わせた石建さんは、呆れた様に言う。何で僕だけ、そんな風に言われないといけないのか……。小鹿野さんも炭山さんも普通に見ているのに。
僕は小さく溜息を吐いて、視線を逸らした。
小鹿野さんは食事中の石建さんに話しかける。
「向日くんは若くても、歴戦の猛者ですよ。もう何人も危険なフォビアを相手にして来ました」
「はーん? 本当かのう?」
「長年頭痛の種だった超能力解放運動を活動停止に追い込んだのも、実質的には彼の働きです」
「はー?」
石建さんは疑わしそうな声を漏らす。それは言い過ぎじゃないかと僕も思う。
だけど、小鹿野さんは全く否定しない。
「嘘じゃないですよ。ブラックハウンド、ブラッドパサー、ブレインウォッシャー、吸血鬼、霧隠れ、クモ女、そしてバイオレンティスト……。向日君は数々の難敵を退けて来ました」
「半分ぐらい知らん奴なんだが?」
石建さんは炭山さんに視線を送って、小鹿野さんの話の真偽を確かめる。
「本当です、本当。向日くんが来てくれてから、研究所の雰囲気も変わったんです。こう、明るくなったと言うか? 言うなれば、救世主ですね」
炭山さんも否定しない。
ハードルを上げるのやめてもらえませんか? これじゃ褒め殺しだ。
石建さんが僕を見たので、僕は首を二度横に振った。
「持ち上げ過ぎですよ。いや、本気で……」
石建さんはどっちも信じられないという顔をしている。二人の言う事を真に受ける訳じゃないけれど、僕の言う事を信じる気にもなれないみたいだ。
「話半分に受け止めておくとするよ。はぁ~、眠くなって来たなぁ。私は寝るから。君達、帰って良いよ」
石建さんは口元を両手で覆って大あくびすると、シッシッと追い払う仕草をした。
冬眠から目覚めたばっかりなのに眠たいのか……。
「それじゃ、俺達はこれで」
炭山さんはそう言いながら、僕の肩を軽く叩く。一緒に出ようって事かな?
僕は炭山さんと一緒に退室して、エレベーターで上階に向かった。小鹿野さんは一人で地下三階に残るみたいだ。
大丈夫かな? フォビアが暴走したりしない? まあ、これまで何年……何十年もやって来たんだから、今更僕が心配する様な事じゃないんだろうけれど。
地下一階で炭山さんは先にエレベーターから降りた。
別れ際に炭山さんは僕に言う。
「それじゃ、事が決まったら宜しく」
「はい。でも……石建さん、外出する気になるでしょうか?」
「分からない。気まぐれな性格だからな」
僕は炭山さんと別れてから一人で、六階に上がるエレベーターの中で考えていた。
正直、気が進まない。石建さんのフォビアが厄介な事に加えて、あの性格だから、この人のためにって気にならない。
僕は性格の重要さを認識する。せめて、もう少し大人しい性格だったら……。
はぁ、こんな事を言ってもしょうがない。仕事は仕事、どんな人でもフォビアに苦しんでいる事実には変わりない。僕は僕にできる事をやらなければ。
世の中のお医者さんや看護師さんは、どんな気持ちで仕事をしているんだろうか?
そして四日後、僕は改めて小鹿野さんと炭山さんと一緒に、三人で研究所の地下三階に向かう。
僕達は管理室で石建さんと対面した。石館さんは半袖のブラウスと膝までのスカートという外見相応の一般的な女性の服装をしていたけれど、落ち着きなく体をもじもじさせている。
「あれだのう。近頃の女子というのは、なかなか過激だのう」
薄着ではあるけれど、過激と言う程だろうかと僕は首を傾げた。
「どうだ? どこかおかしくないか?」
「いや、普通ですよ。至って普通です」
小鹿野さんが真面目に答えると、石建さんは苦笑いする。
「しかし、心許ないのう。女子は肌を晒すでないと教わって来たからのう。はぁ……心配だのう。男共に色目で見られたりせぬかのう」
百歳を超えたお婆さんなのに。僕はおかしくなって、堪らず失笑した。災害レベルの危険なフォビアより、そっちを気にするのか……。
「小僧、笑ったか?」
石建さんは急に真顔になって凄む。
僕は笑いそうになる口元を押さえて、呆れた態度で言い返した。
「何の心配をしてるんですか」
「何のって……」
「もっと他に注意すべき事があるんじゃないんですかね」
僕の言っている事が伝わらなかったみたいで、石建さんは小鹿野さんと炭山さんに困った様な視線を送る。
まあ、フォビアの事を気にしてないなら、それはそれでいいや。何だかんだで石建さんは外出を楽しむ気なんじゃないだろうか?
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