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僕が不審の目で石建さんを見ていると、また炭山さんが小声で言う。
「あの子、ああ見えて長生きなんだ」
「長生きって、不死同盟ですか?」
「そうじゃないけど、関東大震災の生き残りだとか何とか」
「……東日本じゃなくて?」
「百年前の」
「昔の日本に、そんな技術が?」
「有事の切り札に使えるかも知れないって事で、人工冬眠の実験に使われたらしい」
――って事は、少なくとも都市は百より上な訳だ。とても百を超えている様には見えないけどなぁ……。
そう思っていると、石建さんが炭山さんに話しかける。
「なぁ炭山、旅の話を聞かせておくれ! またインドまで行ったんだろう?」
「相変わらず、旅の話がお好きですね」
「もう百年も囚われの身で、退屈しておる。お前の話が一番楽しい」
「もしかしたら、石建さんも外に出られるかも知れませんよ」
炭山さんは僕に視線を送って言った。
急に話を振られた僕は、びっくりして反応に困る。助けになりたいって気持ちはあるんだけど、今すぐどうこうってのは多分難しい。
当の石建さんの反応はと言うと、そんなに嬉しそうじゃなかった。
「私は別に……」
「外に出たくないんですか?」
「今更外に出られても、世の中に付いて行ける気がしないよ。三種の神器も3Cも、とっくのとうに昔の話で、今はテレビも電話も無くなって、皆してスマホとやらを持っておるのだろう? 更には紙幣も硬貨も無くなって、デンシケッサイとかいうのをやっておるのだろう?」
「古い物が完全に無くなった訳じゃないですよ。テレビも電話も現金も、まだまだ現役です」
いじけた老人みたいな事を言う石建さんを、炭山さんが慰める。
「一度外に出てみれば、案外楽しいもんですよ。気持ちは分かりますけどね。俺だって初めての海外旅行はおっかなびっくりでした」
そう言われた石建さんは、炭山さんじゃなくて僕を見る。
あぁ、ここで僕が安心させてあげないといけないのかな? 「僕がいるから大丈夫ですよ」って?
だけど、僕が言うより先に石建さんが不満そうな顔をして言う。
「こんな子供を当てにしろと?」
酷い言われ方だ。そんなに僕が頼りなく見えたんだろうか?
確かに僕は大人じゃないし、頼りにもならないかも知れないけれど。
心の中で憤慨する僕の肩に、炭山さんは手を置いて囁いた。
「向日くん、何か言い返してやれ」
「何かって……」
「ほれ、何かあるだろう?」
炭山さんも大概ムチャなフリをする。
何かって何だよ? 何を言えば良いんだ? 断っておくけれど、僕も無効化の能力に絶対的な自信を持ってる訳じゃないからね? いつもフォビアがちゃんと発動するか不安なんだぞ。そして、そんな事を堂々と言う訳にはいかない。他人を不安にさせるだけだから。
「出るのが怖いなら、無理に出なくてもいいんじゃないですか?」
僕は気遣い半分、皮肉半分で言った。見た目はともかく相手は僕より年上の大人な訳だし、僕が
「何じゃ、この小僧! 可愛くない!」
石建さんは急に怒り出す。
えぇ……どっちだよ? 出たいのか? 出たくないのか? 精神年齢は見た目と変わらないんだろうか?
そこに小鹿野さんが仲介に入る。
「まあまあ、二人共。石建さん、一度外に出てみませんか? 人工冬眠を続けるにしてもやめるにしても、どちらにしても定期的に一週間は目覚めて活動しなければいけない訳ですから。ずっと閉じこもっているのは勿体ないでしょう。難しい事は抜きにして、ちょっと外を散歩するぐらいの気持ちで、どうですか?」
突っかかって来たのは石建さんの方なのに、僕まで宥められるのは心外だ。百歳を超えてるなら、年齢相応の落ち着きを持って欲しいんだけど……よく考えたらずっと眠っていただけだから、肉体も精神も大人と言える程の時間は過ごしていないな?
石建さんは小鹿野さんに言われても、まだ決心が付かない様子。
「……とにかく腹が減ったのう。美味しい物が食べたい」
「覚醒後の食事はゼリーとドリンクしかないですよ」
「分かっておるわい」
石建さんは小鹿野さんに連れられて、廊下に出て行った。
炭山さんは肩を竦めて、僕に言う。
「ちょっと我がままなのは許してやってくれ」
「別に気にしてませんよ」
「コールドスリープの後は体を慣らさないといけないから、本人が外出したいと言っても、すぐに外出できる訳じゃない。三日後ぐらいかな? その時までに態度を決めさせておくから、よろしく頼む」
「はい」
それから僕と炭山さんも廊下に出て、休憩室と書いてある部屋に移動した。
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