3
更に後日、僕は上澤さんに呼び出されて、副所長室に向かった。
「向日くん、ここの地下に興味があるんだって?」
「興味って言うか……まあ、はい。危険なフォビアの人がいるんでしょう?」
「会ってみたい?」
「ええ、はい。会わせてもらえるんですか?」
「準備が必要ではあるが……。そうだな、小鹿野に案内させるとしよう。日時は追って知らせる」
「分かりました」
その時の僕は平然と対応していた。余り深く物事を考えていなかったと言った方が正しいかも?
僕のフォビアが無くても、研究員の人達も会っている訳だから、そう危険な事は無いだろうと。
以前の穂乃実ちゃんみたいに薬物を投与されて、強制的に落ち着かされているかも知れない。そういう状況を変えられる様になればと僕は真剣に思っていた。
そして三日後……遂にその時が来た。午前九時、僕は第一研究班の小鹿野さんと炭山さんと一緒に、エレベーターで地下三階に向かう。
地下三階の廊下に出た僕は、その異様さに驚いて足を止めた。
金属だ。廊下全体――床も壁も天井も、全てコンクリートじゃなくて金属で囲われている。小鹿野さんと炭山さんが足を動かす度にコツン、コツンと音が反響する。
「向日くん、びっくりしたかい?」
小鹿野さんの問いかけに、僕は素直に頷く。
「何で金属なんですか?」
「コンクリートだと崩落の危険があるからだ」
「金属なら大丈夫って事ですか?」
「そうだよ。フォビアは飽くまで本人のイメージだからね。コンクリートが砕けるイメージはあっても、金属が砕けるイメージはなかなか無いだろう?」
確かに。コンクリートは崩れ落ちたり、砕けたりするけれど、金属がそんな風になるイメージは余りない。
今は七月で、もう真夏だけど地下室はひんやりしている。「涼しい」じゃなくて、肌寒さを感じるぐらいだ。
エレベーターの側には管理室があって、そこで僕は厚着をする様に小鹿野さんに指示された。僕は厚手のコートと長靴を身に着ける。小鹿野さんと炭山さんも同じ服装をして、三人で改めて廊下に出る。
廊下の先には重厚そうな観音開きの金属の扉がある。両手に白い軍手を着けた炭山さんが、腰を入れて取っ手を引いた。予想に反してスーッと静かに扉が開く。
扉の中から白い靄と冷気が廊下に流れ込む。僕は寒さを感じて身震いした。
「さ、寒くないですか?」
僕の問いかけに小鹿野さんは深く頷く。
「冷却装置があるからね」
どうしてそんな物が必要なんだろうか? 熱に関係するフォビアなのか? いや、フォビアは「崩落」だったはずだ。
小鹿野さんが地下室の電灯を点けると、室内の靄が徐々に晴れて、その全貌が明らかになる。そこには人が入れるぐらいの巨大な金属のカプセルが置かれていた。更にその周りには、よく分からない大型の装置が置かれている。
人の姿は……見当たらない。もしかして、このカプセルの中にいるのか?
小鹿野さんと炭山さんは、二人で何かの装置を操作し始めた。
ウィーンと低くて重い機械の駆動音がする。
「ちょっと待っていてくれ」
小鹿野さんの指示から三十分ぐらい経って、ようやくカプセルがゆっくりスライドして開く。中には病衣を着た女の人がいた。
若い……? 中学生か高校生か、そのぐらいに見える。
炭山さんが僕に小声で言った。
「彼女が例のフォビアの持ち主だ。コードネームは
「あのカプセルは何なんですか?」
「冷凍睡眠装置だ。ハイバネーション……いや、コールドスリープと言った方が分かり易いかな?」
「コールドスリープ!? そんな事が本当にできるんですか?」
そんなのSFの技術だと思ってたよ。
驚く僕に、炭山さんは小さく笑って答える。
「完全な冷凍保存じゃないけどね。十週の内の一週は目覚めて活動しないと、衰弱死してしまう。つまりは長い冬眠みたいな感じだよ」
「冬眠……」
起きていると面倒だから、冬眠させる事にしたんだろうか?
でも、こんな大がかりな装置、何千万とか何億ってお金だろうになぁ……。それが「安い」扱いになるぐらい、危険なフォビアだって事なのかも知れない。
ああ、いけない、いけない。最近お金で物を考える癖が付いてしまっている。
「おはようございます、石建さん」
「ああ、おはよう、小鹿野」
小鹿野さんは石建さんに敬語で話しかける一方で、石建さんは小鹿野さんに敬語を使わない。見た目は石建さんが年下だから奇妙に映る。
石建さんは起き上がってカプセルから出ると、軽く伸びをしてちらりと僕を見た。
「あの子は?」
「以前お話した、例のフォビアの持ち主です」
「成程。僕、名前は?」
石建さんは子供扱いする様に、僕に呼びかけて来た。
「……向日です」
「ムコウ……? へぇ」
石建さんはそう呟いただけで、それ以上は僕に見向きもせずに、小鹿野さんとあれこれ話し始める。
失礼な人だなと僕は少し腹を立てた。自分のフォビアが恐れられていると自覚していて、尊大な態度を取っているんだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます