地下に眠るもの
1
レディ・サファリングの一件が終わった後のカウンセリングで、僕は日富さんに言われた。
「向日くん。あなたはどうも余分な苦労を背負い込む性質の様ですね」
「余分……ですか?」
随分な言われ方だと、僕は心の中で反抗する。僕は僕でやるべき事をやったと思っている。それを余分と言われて、いい気はしない。客観的に見て、僕があれこれと考える必要があったかと言うと……無かったんだけども。
「気分を害しましたか?」
「そりゃあ、まあ……」
僕が素直に答えると、日富さんは小さく笑った。
「それでも、あなたの本心が聞けて良かったです」
「本心?」
「『フォビアに困っている人、皆を助けたい』と」
ああ、そんな事を言った。勢いで言った部分もあるけど、あれは偽りの無い僕の本心だったと思う。
「そうですね……。国内の事情が落ち着いたら、外国にでも行ってみましょうか?」
「外国?」
「フォビアの研究をしているのは、日本だけじゃないんです。外国にもF機関やC機関みたいな組織があって、フォビアに苦しむ人を治療したり、フォビアを有効に活用できないか試したりしています。日本以外の国に出かけて、フォビアに苦しむ人を治療する。良いじゃないですか」
日富さんの提案に、僕はどう返事をしたら良いか困る。そうしたい気持ちは確かにあるけれど、海外旅行の経験が無いから不安だ。
日富さんは僕の内心を読み取った様に言う。
「今すぐって訳じゃないですよ」
「分かってます」
「あなたに万が一の事があってはいけないので、ガイドを付けますから」
それなら少しは安心できるかも知れない。日本国内のフォビアはF機関とC機関にいる人達の他にはそんなにいないだろうし、そもそもフォビアなんてそんなに頻繁に現れる訳でもないから、治すべき人がいなくなったら国外に出かけるのもありだ。
僕はそんな事を思い始めていた。そのためには本格的に英語の勉強をしないと。
海外に行けば、マテオ牧師やレディ・サファリングとも、また会えるだろうか?
後日、ワースナーとブラッドパサーとハイフィーバー……じゃなくて、窯中さんと古住さんと友地さんの三人も、研究所内をある程度は自由に行動できる様になった。元解放運動のメンバーだとは言え、もう悪さをする気はない様だから、自由になれて良かったと思う。
古住さんと友地さんの二人は元からフォビアを制御できているし、窯中さんもフォビアを余り意識せずに生活できる様になっている。元は敵と味方だったという関係を除けば、自由行動を認めるのは妥当だろう。
そんなある日、僕は地下の子供達の所へ行く際に、偶々友地さんとエレベーターで一緒になった。
友地さんはエレベーターのボタンを見詰めて、それとなく僕に話しかけて来る。
「なあ、向日くん」
「何でしょう?」
「この更に地下って何があるんだろうな?」
「あー、前に一度聞いたんですけど……。特別な許可がないと入れないとか何とか」
地下三階より下には、今まで行く用事も無かったから、全然気にしてなかったんだけれど……気になると言えば気になる。何があるんだろう?
偶に地下から研究員の人達が上がって来るけれど、その時は必ず二人以上だ。重要な設備があるとか? でも、秘密にしないといけない様な物って何だ?
僕が最初に地下室について聞いた時は、まだ研究所に入ったばかりで、都辻さんに案内してもらっている最中だった。今の僕なら詳しい事情を教えてもらえるかも知れない。
「でも、何でそんな事を?」
「深い意味は無いんだ。何となく気になってな」
何か企んでいるんじゃないかと僕は一瞬疑ったけれど、今頃になって反抗するメリットも分からないし、考え過ぎだろう。地下に行くだけなら、行こうと思えば誰でも行ける訳だし。
その翌日、僕はカウンセリングの時間に日富さんに聞いてみた。
「ここの地下って何があるんですか?」
「何……とは?」
「地下三階以下の事です」
「ああ、それは……まあ、向日くんになら教えても良いでしょう」
日富さんの言い方に、僕は少し緊張する。僕になら教えても良いって事は、少なくとも誰にでも話して良い内容じゃないって事だ。同じ研究所にいる人でも、そう易々と教えられない事とは一体……?
「地下にはかなり危険度の高いフォビアの人が一人います」
「危険度が高い?」
「そうです。まだ制御が難しかった頃の平家さんのフォビアみたいに、無差別に周囲を巻き込んでしまう可能性があります」
でも、その穂乃実ちゃんだって、地下三階に送られる事は無かった。つまり他と比べて格段に危険なフォビアだって事なのか?
「どんなフォビアなんです?」
「崩落のフォビア。フィアー・オブ・コラプシオン。堕落じゃない方のコラプシオンです」
「具体的に何をどうするフォビアなんですか?」
「物を壊します」
「物?」
「道路とか建物とか」
「……それってヤバくないですか?」
「激ヤバです。だから地下に封印されています」
封印って、そんな大魔王みたいな。いや、現実に道路とか建物とか壊しまくる超能力なら、災害レベルの危険性なんだけど。
今こそ僕の出番じゃないだろうか?
「でも、僕だったら何とかできるんじゃないでしょうか?」
「できるかも知れませんね」
日富さんは同意してくれるけど、それだけだ。
「あの……会わせてはもらえないんですか?」
「無理です。会わせるだけならできますけど、そういう事じゃないでしょう?」
「ええ、はい。一体何がいけないんですか?」
「理由は一つ、危険度が段違いだからです」
「僕でもダメそうな感じですか?」
「ダメというか、失敗した場合のリスクが危険過ぎると言うか、損害が……シャレにならないので」
僕の修行が足りないのか……。何度も実戦にも出ているけれど、まだ自分のフォビアが発動したかどうかもよく分かんないからな。
これまで何となく皆、僕が無効化のフォビアを持っているって前提で話をしてくれているけれど、実は嘘でしたとかなっても驚かない――いや、それは驚く。それは普通に驚く。
とにかく、僕はもっとフォビアの扱いが上手くならないといけない。何となく無効化できているから良いと思っていると、そう遠くない内に痛い目を見そうだ。
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