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それから数日後、僕は再び上澤さんに副所長室に呼び出された。レディ・サファリングのターゲットが判明したらしい。
上澤さんはまじめな顔で語る。
「前置きは抜きにして、単刀直入に話そう。レディ・サファリングのターゲットはS社の社長だ」
「S社って『みんなおいしい』のS社?」
「そう、それだ」
S社と言えば、日本有数の食品メーカーだ。だけど、わざわざ外国から刺客を雇ってまで社長を追い落として、何のメリットがあるんだろう?
「どうして狙われているんですか?」
「それが……どうもライバル企業のやっかみらしい」
「……そんなしょうもない事で? 海外のよく分からない奴を雇うんですか?」
「もしかしたら裏があるかも知れないが、現時点では分からない。まあ、いくら競合相手だからって、そこまでするかと思う君の気持は分かる。しかし、得てして現実とはそんなものだよ。事件を起こす人物は陰謀で動いているのではなく、自らの愚劣さと浅慮が故に事を大きくしてしまうのだ。世の中には案外しょうもなくて、器の小さい大人が多い。嫌な事実だけれどね」
本当にそれだけなのかと僕は疑った。
「ライバル企業って、どこですか?」
「Y社だよ」
「聞いた事はありますけど……ライバル?」
S社とY社では企業規模が違い過ぎて、ライバルとは呼べないと思う。相撲で言うなら大関と平幕ぐらいのレベルの差だ。
「競合相手には違いない」
「えーと、それで……S社の社長を守るんですか?」
「いや、社長ではない。七月の初週、東京のTホテルでS社の新商品発表会がある。恐らく、ここを狙って来る。マスコミも集まるから、S社の信用を落とすには絶好の機会だ。将を射んと欲すれば――という事だな」
「また東京ですか……」
フォビアの関係で東京に行くのは四度目になる。そんなに嫌って訳でもないのに、大きな溜息が漏れる。
どうしてなんだろう? 東京っていう憧れの大都会が、厄介事の巣窟みたいになっているからだろうか? それとも対フォビアの切り札として使われている事に、自分でも知らない内に不満を溜め込んでいるんだろうか?
「そう嫌そうにしないでくれ。君だけが頼りなんだ」
「分かってます。フォビアを悪用する連中の好きにはさせません」
超能力を悪用する人間を止める事は、超能力が使えない普通の人達を守るだけじゃない。超能力者を守る事にも繋がるんだ。
そして七月二日、僕は東京都千代田区のTホテル内で行われる、S社の新商品発表会場に潜入した。不死同盟のコネでゲストとして招待枠を獲得しているから、特に身を隠す必要はない。
僕は気を張って、会場を見守る。やっぱりマスコミの関係者が多い。その中から僕はレディ・サファリングの姿を探した。勿論、変装しているだろうから簡単に見付かるとは思っていない。だけど、どこかで尻尾を出すはずだ。
会場の中にも女の人は大勢いる。誰がレディ・サファリングなのか……。僕にしっかりした身分と肩書があれば、名刺を交換しながら確認できるんだけど。これなら警備のバイトとして潜入した方が良かったと思う。まあ、今更言ってもしょうがない。
怪しいと思って見ると、誰も彼も怪しくてしょうがない。人込みの中に紛れているのか、それとも離れた場所で静かに機会を窺っているのか?
フォビアは武器を使うのとは違うし、密着しないといけない訳でもない。ターゲットを確認できる位置から、範囲を絞ってフォビアを発動させるだけだ。超能力だから警戒するのが難しくて、暗殺なんかよりハードルは低い。
いや、視点を変えよう。どうやってレディ・サファリングは会場に潜入するんだ? 近年は日本国内でもテロ対策を意識しているから、関係者を装って身分を偽るのはリスクが高い。ゲストとして潜入するのも確実に招待されるという確証がない限りは、確率に頼る事になってしまう。仕事人と言われる人が、そんな運頼みの賭けに出るとは思えない。もっと確実な方法を選ぶだろう。
ホテルの従業員に紛れ込むか……それとも警備会社? 僕の頭の中で、嫌な推理が働く。こういう時の警備ってホテル側が準備するのか? それともS社側が準備するのか? どっちにも大事なイベントの時なんかに契約している警備会社が付いているはずだ。指揮系統の違う二つの警備会社……。その隙を突かれるかも知れない。
僕は会場内の警備員の姿を確認した。そして、一人だけ制服のデザインが違う女性警備員を発見する。色合いは全く同じだけれど、ポケットにボタンが付いていない。ほんの僅かな違い。普通に同性のゲストの応対をしているけれど、本当に警備員か?
……いやいや、まだ決め付ける訳にはいかない。もしかしたら思い過ごしかも知れないし、仮に怪しくても囮かも知れない。一つの罠を見抜いた事に満足して、もう一つの罠を見落とす事があってはいけない。
僕は大人しくフォビアの発動だけを警戒するべきなんだ……。
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