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初めて海外のフォビアと会った僕は、東京からS県に戻って来た。結果として戦う事にならなくて良かったと思う。マテオ牧師みたいにフォビアを持っていても理性的な人もいるんだ。誰もが悪意を持って攻めて来る訳じゃない。寧ろ、ときじくの会みたいにフォビアを利用しようとする人を警戒しないといけない。
……それはそれとして、公安C課だ。よくもやってくれた。全教一崇教に続いて、ときじくの会にも内通者がいるなんて、どうなっているんだ?
この落とし前はきっちり付けてもらわないといけない。何としてもP3は中止してもらう。
僕は任務の翌日のカウンセリングで、日富さんと話をした。
「昨日はお疲れ様でした」
「結果的に僕は必要なかったみたいですけどね」
「それにしては満足そうな顔ですよ」
日富さんに指摘されて、僕は今言おうと決意する。
「公安にP3を止めさせる口実ができましたから」
「それは違いますよ」
「えっ……何が違うんですか?」
もしかして公安を止める事はできないって言うんだろうか?
急に不安になった僕を見て、日富さんは小さく笑う。
「いえ、違うと言うのは公安の事ではなくて、あなたの事です」
「僕……? 僕の何が違うんですか?」
「あなたはマテオ牧師との出会いに満足しているんです」
「そうなんですか?」
そう言われると、そんな気がしないでもない。
マテオ牧師――僕が初めて会った海外のフォビアの人。どんな危険人物かと身構えていたけれど、実際に会ってみると好感の持てる人だった。
それが嬉しかったんだろうか? 自分の事だけど、よく分からない。いや、逆に自分の事だからなんだろうか?
ここは日富さんが正しいという事にしておこう。それよりもP3の話だ。
「……まあ、それはそれとして、P3ですよ。これで公安にも釘を刺せます。C機関・公安を押さえて、後は旧衛生保健省です」
「そちらは手強いですよ。旧衛生保健省にいた元軍人の一部は、その後に局長クラスに昇格して、退職後は政治に関与しています。当然、彼等の後継者の政治家や官僚がいる訳で……どこまで根を張っているか分かりません」
「ラスボスって訳ですか」
「そう表現して差し支えないでしょう。でも……ラスボスを倒しても、あなたの人生は続くんですよ。ゲームじゃないんですから、そこでエンディングとはなりません。その事をよく考えてください」
「……はい」
全てが終わった後の事か……。でも、僕はP3を止めるためなら死んだっていいと思っている。
P3がアキラの命を奪ったんだ。僕も命懸けにならないといけない。
カウンセリングが終わった後、僕は上澤さんに呼び出された。
労いの言葉でもかけられるんだろうか? ちょっと面倒臭いと思ったけれど、これは上澤さんと公安について話をする好い機会だ。
僕は意気込んで三階に移動して、上澤さんのいる副所長室を訪ねる。
「やあ、向日くん。昨日はご苦労だった」
「いえ、僕の出番は余りありませんでしたよ」
「ハハハ、そう謙遜する事はない。公安の者から聞いたよ。君は勇敢だったと」
ガラの悪い男の人を殴った場面、どこかで誰かに見られていたんだろうか?
「あれは……五縞さんのお蔭ですよ」
「功績であれ何であれ、他人に預けてしまうのは良くないぞ。自分の意思でやった事ぐらい、自分で責任を持つべきだ。それとも誇れない様な事をしたのか?」
そんな風に説教されるとは思わなかった……。
「人を殴ったなんて、そんなに良い事じゃないでしょう? まあ、後悔はしてませんけれど」
もしかして訴訟されたとか?
不安を覚えた僕に、上澤さんは苦笑いして告げる。
「悪い、悪い。説教をしたかった訳ではないんだ。大事な話がある。公安の話だ」
僕が公安の話を持ち出す前に、上澤さんの方から切り出して来た。先を読まれたみたいで、僕は少し驚く。
「公安がどうかしたんですか?」
「公安は分裂状態らしい。特にC課の扱いを巡ってだ」
「分裂?」
「C課――つまり超能力対策課なんだが、またやらかしたらしいな?」
「ああ、ええ、はい。やらかしましたね」
耳が早い。上澤さんは公安に知り合いでもいるんだろうか? 色んな意味でF機関の「先生」の後継者だから、関係があってもおかしくはない。
「公安としてどうにかしないといけないという話になっているらしい」
「C課がお取り潰しになるとか……?」
「そこまでは行かないと思うが、関係者を処分するぐらいの事は必要だろうと」
「関係者とは……?」
「身の丈に合わない思想を持った連中がいるという事だよ。君の懸念しているP3は自然消滅するかも知れない」
そう聞いても僕は素直に喜べない。寧ろ本当なのかと疑う気持ちが強い。
「どういう事なんですか?」
「二度も同じ事が続けば、末端の処分で終わる問題ではないという事だ」
「それは分かります。僕が知りたいのは、P3と内通者の関係です」
「関係も何も……そのままだよ。懐古というか、回帰というか、復古というか、そういう連中がいる訳だ」
「その人達は何を取り戻そうとしているんですか?」
「昔の強い日本だ。そんな物は幻想だというのに。世界は絶えず変化を続けている。年寄りは若返らないし、たとえ若返ったとしても今の世代には敵わない。ゲーム自体が昔とは違う。それを認められないから、懐古するんだろうけどね。内輪の理論に拘泥して、後ろを振り返ってばかりでは、取り残されるだけだよ」
懐古派って誰の事なんだろう? 僕はそれが気になる。当然、国会議員や官僚の中にもいるんだよな? 一網打尽にできれば良いんだけど……。
「……懐古派がP3を続けているって事ですか?」
「逆だ。P3が懐古派の拠り所なんだ。連中はフォビアを特別視し過ぎている。歴史にたらればを持ち込んでいるんだ」
「たられば?」
「フォビアの研究さえ上手く行っていたら。軍がフォビアを採用していれば。つまらない話だよ。フォビアで砲撃や空襲が止められる訳もない」
フォビアがあったところで戦争には勝てない。
僕もそう思う。軍がフォビアを利用しなかったのは、正しい判断だろう。何より確実性がない。不安定なフォビアを当てにしていたら、どこかで大ハズレを引いて痛い目を見る。
「本当にP3は自然消滅するんでしょうか?」
「公安の中で選別が進んでいる。芋蔓式に関係者が処分されるだろう。引退を奨められる者も出て来るだろうな」
僕はまだ信じ切れないでいる。本当にキレイさっぱり関係者を処分する事ができるんだろうか? 逆に取り込まれたりしないんだろうか?
上澤さんは僕の顔色を見て、少し困った顔をした。
「……君にとっては朗報だと思ったんだが」
「朗報……。良い事だとは思います。本当にそうなるなら」
「慎重だね。楽観的過ぎるよりは良いのかもな。まだ結果が出た訳でもない」
「僕のやる事は変わりませんから」
僕が決意を口にすると、上澤さんは少し悲しそうな表情を見せる。
同情は要らない。僕にはやるべき事があって、そのために何をするのかもハッキリしている。もう迷わない。
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