5

 ガラの悪い男は僕の弱気な姿勢に騙されて、大声を張り上げた。


「逃げんじゃねえよ!!」


 そして駆け足で距離を詰める。

 僕はタイミングを見計らって更に一歩下がって、そこから攻勢に転じた。体を屈めながら、膝元に体当たりをする様に重心を移動させ、伸び上がる様に真上に向けて拳を振り上げる。地を這う様な姿勢から顎を捉える、一撃必殺のアッパーカット。

 カス当たりみたいな手応えの無さだったけど、ガラの悪い男は体全体を大きく仰け反らせて、仰向けに倒れ込んだ。

 同時に僕に向かって来ていたボディーガードの男は、警戒して足を止める。


「どうした! かかって来い!」


 僕は挑発しながらも残心を取って、次の攻撃に備えた。完璧に決まったと、心の中で自画自賛。


 ……何秒かの沈黙。誰も動こうとしない。

 まあ、それならそれで良いんだけど。もうすぐ応援が来る……ハズだ。

 そう思っていると、四門が僕に向かって言った。


「動くな!」


 その手に持っているのは……銃だ! こいつ拳銃を隠し持っていたのか!

 しかも、それを僕じゃなくてマテオ牧師に向けている! マテオ牧師は真顔で両手を上げて、降伏のポーズをしていた。恐怖している様には見えないけれど、やっぱり撃たれたくはないんだろう。


「お前は何者だ?」


 四門は銃をマテオ牧師に突き付けたまま、僕に聞いて来る。答え難い質問だけど、答えない訳にはいかない。だけど、フォビアだとかF機関だと言っても、他の連中には伝わらないだろう。

 僕は少しぼかして答える。


「公安の協力者だ。お前等が怪しい動きをしていたから見張っていた。もうすぐ応援が来る。悪あがきはよした方がいい」

「……本当に応援が来るなら、来てもらおうじゃないか」


 その直後、あちこちから公安の人達が二十人ぐらいぞろぞろと現れて、僕を含めて全員を包囲した。ときじくの会の連中は、動揺して視線を左右に泳がせる。

 公安のリーダーらしき男性が四門に声をかける。


「おーい、四門。誰が銃を使って良いっつった? 銃刀法違反だぞ」

「一条府道チーフ! 違うんです! これは日本の……いや、世界のためなんです! この世界には神の存在が必要なんです!」

「あのさ、思想は結構だけどさ、まず日本の法律を守ろうや」


 冷笑する公安のチーフに四門は必死で反論した。


「神の力があれば、世界中の信仰を一つにできるんです! 有史以来何千年も続いた宗教の争いを治める事ができるんですよ!」

「寝言は寝て言えっつーの。そんなんで世の中、平和になる訳ねーだろ。宗教なんか口実だよ。好い年こいて、ンな事も分かんねーのかぁ? それに神の力っつっても、所詮は一人の人間。お釈迦様みたいに世界中の事をお見通しってか? 違うだろ?」


 四門の主張を公安のチーフは冷徹にバッサリと切り捨てる。取り付く島もないってのは、こういう事を言うんだろうな。

 それでも四門は説得を諦めない。


「世界を平和にする事は、延いては日本を平和にする事に繋がります!」

「だーかーらぁ、世界平和なんか無理だっつってんの。少なくとも、お前達のやり方じゃあな」

「やってみないと分からないでしょう!」

「お前さ、職務違反、分かる? 暴走して犯罪行為に走るとか、公安とか公務員とかの前に社会人失格な。せめて公安を辞めてから、やって欲しかったんだよね。マジでさぁ。成場の時もそうだったけど。公安C課ウチの立場、どんどん悪くなってんの。勘弁してくれよ」

「私はC課の一員として日本国の本来の姿を取り戻すため、八紘一宇の精神を――」

「はい、ストーップ!! お前の考えは分かった。世界の宗教を一つにして、皆で家族になろうっつーワケだ。でもC課は関係ないんで、そこんとこ弁えてくれよな。そういうのは俺等の考える事じゃねーんだわ。お前みたいなのが出て来るとさ、また思想教育がどうのこうのメンドクセー事になるんだ。分かったら、さっさと銃を置いてくれねーかな? さ」


 二人の会話は全く嚙み合っていない。傍から見ているだけの僕でも溜息を吐きたくなる。いよいよどうにもならない事を悟った、ときじくの会の会長は、横から四門に話しかける。


「四門、どうなっている!? 話が違うぞ! 公安は味方じゃなかったのか!?」

「もっと話の分かる人だと思ってたんですが、一条府道チーフじゃなければ……」

「今更そんな言い訳をするな! どうしてくれるんだ!」

「……ダメ元で大暴れするしかないと思います」

「冗談じゃない! お前が責任を取れ! 捨て石になれ!」

「もう遅いですよ」


 二人が仲間内で言い合ってる内に、応援の警察官も駆け付ける。ときじくの会はますます多勢に無勢の状況だ。

 公安のチーフが大声で言う。


「取り敢えず、銃刀法違反と脅迫・強要の現行犯って事で! 確保ーッ!!」


 公安と警察官が、ジリジリと包囲を狭める。ときじくの会の連中は、大した抵抗もできないまま、一人また一人と取り押さえられ、手錠をかけられて連行された。

 こうなった以上は大人しくやり過ごして、後で弁護士を呼んで交渉した方が得策だと考えているんだろう。

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