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 それでもときじくの会の会長は交渉を諦めなかった。


「分かった。報酬を支払おう。これはビジネスだと考えてくれ」


 ここでお金の話を持ち出すのか……。

 通訳の人から報酬の話を伝えられても、マテオ牧師は首を縦には振らない。


「千ドル、二千ドルとかケチな事は言わない。まずは十万ドルでどうだろう?」


 えーと、1ドルが100円強だから……一千万円って事か? そんなに大きな組織でもないのに、よく用意できるな。スポンサーでもいるのか?


「勿論、十万ドルは手付金だ。働きに応じて別途報酬を支払う」


 会長は自信を持っていた様だけど、マテオ牧師は頑として頷かなかった。通訳の人が会長に告げる。


「信仰はお金では買えない……と言っています」


 会長はマテオ牧師を説得する手段を完全に失った様に見える。このままマテオ牧師が帰国する流れにならないかと、僕は身を隠したまま密かに期待していた。

 まだカラスの群れは高所で待機している。まるで僕と同じ立場で、事の成り行きを見守っているみたいだ。


 会長はスマートフォンを取り出して、誰かと連絡を取り始めた。

 そこにラフな服装の男性が現れて、話に加わる。


「どうしたんですか?」

「おお、四門しもん! マテオ牧師が我々には協力できないと言うんだ」


 会長が顔を綻ばせた。全体の雰囲気や話の流れからして、この四門って人も会員の一人なんだろう。


「今は時間がありません。他の公安の者に怪しまれる前に何とかしましょう。多少、手荒になりますが……」


 四門って人は肩にかけたナップサックからヘッドギアを取り出した。

 僕はあれに見覚えがある……。超能力を封じる奴だ! でも、どうしてこんな宗教団体が持っているんだ? 市販されている様な物じゃないだろう。

 ときじくの会はC機関やF機関と関連があるのか?

 いや、そんなはずは無い。そもそもC機関とF機関は、マテオ牧師を止めるために僕を派遣したんだから。

 そうなると……また内通者か? いい加減にしてくれよ。

 取り敢えず、浅戸さんに連絡しよう。僕は携帯電話を取り出した。浅戸さんがコールに応じるまでの数秒間が、いやに長く感じる。


「向日くん、どうした?」

「仲間割れです。マテオ牧師が」

「牧師が?」

「ときじくの会に反発して……。とにかく応援をよこしてください。牧師の安全を確保しないと」

「状況は分かった。そちらには公安が一人、向かっているはずだが……まだ着いていないか」


 僕は嫌な予感がして、浅戸さんに尋ねた。


「その人って、シモンとかいう名前じゃないですよね?」

「いや、合っているが……どうして知っているんだ?」


 不思議そうな声の浅戸さんに、僕は大きな溜息を吐いて返す。またかよ……。公安C課は一体何のために存在しているんだ?


「そのシモンさん、裏切ってますよ」

「……マジか」

「マジです。会の連中と結託して、マテオ牧師を拘束しようとしてます」


 浅戸さんも呆れているみたいだった。


「分かった。今すぐ応援を連れて、そちらに向かう」

「お願いします」


 浅戸さんとの通話を終えて、状況はどうなっているかと様子を窺うと、ときじくの会の連中がマテオ牧師を取り囲んでいた。

 これは応援が到着するまで持ちそうにない。マテオ牧師がフォビアを使って自衛してくれるとありがたいんだけど、フォビアの根源が神への恐れだから、もしかしたらそういう風には使えないのかも知れない。フォビアを使える条件は、当人にも分からない事があるんだ。

 僕の目の前でマテオ牧師はジリジリと包囲を狭められて行く。

 ええい、もう待てない! ここは僕が少しでも時間を稼ぐしかない!

 そう決心した僕は、建物の陰から飛び出して、大声で叫んだ。


「お、お前等! 何をしている!!」


 その場の全員が、こちらに振り向いて動きを止める。

 最初にガラの悪い男が声を上げた。


「部外者は引っ込んでろ!」

「そうはいかないっての!」


 僕も負けじと言い返す。こんな連中、バイオレンティストに比べればミジンコみたいなもんだ!

 僕は他の男を無視して、四門に向かって言う。


「シモン! 公安の人間が何やってんだ!!」


 四門は動揺して目を白黒させた。

 会長が渋い顔をして小声で四門に問いかける。


「……誰だ? 公安の仲間か?」

「いえ、違います」

「じゃあ、誰だ……?」

「さあ……?」


 僕が誰だか分からないのか? まあ好都合だ。


「今、応援を呼んだからな!! お前等全員、覚悟しとけよ!!」


 冷静に振り返ると、僕の行動は一貫していなかった。最初に偶然を装って現れたのは悪手だった。僕は応援を呼ぶ素振りを見せていない。

 だから連中は僕の警告を本気にしなかった。


「テキトーぶっこいてんじゃねえぞ!!」


 ガラの悪い男が僕を恫喝した後で、仲間に呼びかける。


「面倒にならない内に始末しましょう。たった一人、どうにでもなりますよ」


 ガラの悪い男は会長のボディーガードの一人を引き連れて、僕に向かって来た。

 そっちがその気なら、こっちだって容赦しないぞ。五縞さんから教わった殺人武術の恐ろしさを、その身で味わうがいい!

 僕は怯んだフリをして、二歩、三歩と後退る。

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