これから僕を待ち受けるもの
1
C県への日帰り旅行を終えた翌日、カウンセリングの時間。僕は日富さんに心を読んでもらう。
僕の心を読んだ日富さんは、小さく溜息を吐いた。
「超命寺と会った事、今は後悔していますか?」
「それは……分かりません。超命寺さんは疲れたと言っていましたから、僕のやった事は良い事なのかも知れません」
一晩経って、僕の精神は少し落ち着いていた。
「人殺しが良い事ですか?」
「……そうじゃなかったら、どうして超命寺さんはあんな事を言ったんですか?」
日富さんの一言は僕の心を深く抉る。僕は堪らず反発して聞き返した。
日富さんも意地悪で言ってる訳じゃないと思う。多分だけど、本当に超命寺を殺して良かったのか、まだ完全には言い切れない僕の心を読んで言った事だ。
……重苦しい沈黙が訪れる。
日富さんは改めて言った。
「取り敢えず、超命寺さんからのメッセージを聞きましょう」
僕が自分から言った訳じゃないけど、心を読める日富さんは超命寺のメッセージの存在を知っていた。
日富さんは僕の顔色を窺いながら聞いて来る。
「一応はあなたに宛てられたメッセージですから、私は席を外していましょうか?」
「いえ、一緒に聞いてください。どうせ分かってしまう事ですから」
僕一人で聞いても、その内容を秘密にしておく事はできない。だったら、隠す事もないじゃないかと僕は開き直った気持ちでいた。
「では、フラッシュメモリを貸してください」
「はい」
自分でやっても良いんだけど、やってくれるって言うならその方が楽だと思って、僕は特に抵抗感も抱かず、日富さんにメモリを渡す。
それを日富さんはすぐにパソコンに接続して再生した。
最初に小さな音声が流れる。聞き取れないと思っていたら、日富さんが音声を上げてくれた。
「……向日衛、コノメッセージヲ聞イテヰルト云フ事ハ、私ハ君ノ手ニヨッテ既ニコノ世ヲ去ッテヰルノダト思フ。ソレヲ前提トシテ話ヲスルノダガ、ドウカ私ヲ殺シタ事ハ気ニシナイデ欲シイ。全テハ私ノ望ミ通リナノダ」
僕に対する慰めのメッセージなのかと思ったけど、そうじゃなかった事は直後に分かる。
「何故ナラ私ノ最大ノ目的ハ、君ニ私ヲ殺シテモラフ事、ソレ自体ナノダカラ。ツマリハ君ニ人殺シヲサセル事ダ。君ハ私ヲ殺ス時ニ、何ヲ思ッテ何ヲ感ジタダラウカ? 私ニ対シテ激シイ怒リヲ抱イテヰタカ、ソレトモ哀レミヤ同情ノ類ダラウカ? ドチラニセヨ、大シタ問題デハナイノダ。重要ナ事ハ一ツダケ。タダ一ツ……君ハ理由サヘアレバ、人殺シガデキル人間ニナッタ。私ガ欲シカッタノハ、ソノ事実ダ」
何を言っているのか分からない。分かりたくない……。
「勿論、私ガ生キ続ケル事ニ疲レタト言フノモ嘘デハナイヨ。ソレハ信ジテモ良イ。ダガ、君ニハ自分ノ中ノ残虐サ、残酷サ、卑怯サヲ自覚シテ欲シイ。己ヲ卑下セヨト言フノデハナイ。私ヲ殺シタ事実モ、取ルニ足ラヌ物ト受ケ止メテクレテ良イ。ダカラト言ッテ、悪人ニ成レト言フノデモナイ。寧ロ逆ダ。君ニハ覚悟ヲ持ッテ正義ノ戦士ニ成ッテ欲シイ」
正義の戦士って何を言ってるんだ?
「フォビアノ研究ヲシテヰルノハ、日本国ダケデハナイ。先進国ト呼バレル国々ハ当然ノ事、コレカラ先進国ニ追ヒ着カウ、追ヒ抜カウトシテヰル国々モ、フォビアヲ利用セムト企ムデアラウ。カウシタ諸外国ノ脅威カラ、ドウカ日本国ヲ守ッテ欲シイ。ソレダケガ私ノ願ヒダ。向日衛、私ハ君ヲ立派ナ良心ヲ持ッタ、一人前ノ人間デアルト信ジテヰル。ドウカ、ドウカ」
しばらくの無音……。超命寺からのメッセージは終わったみたいだ。
日富さんは動揺する僕を真っすぐ見詰めて、どうするつもりなのかと無言で問いかけている。
……信じられない。いや、信じたくない。頭が痛い。聞かなかった事にして、現実逃避したい。
僕は苦笑いを浮かべる。
「冗談じゃないって感じですよ……」
そして俯いて目を閉じた。
外国が日本にフォビア持ちを送り込んで来る? あり得ない話ではないんだろう。だけど、あって欲しくない事だ。背負いたくもない重荷を、無理やり背負わされてしまった気分。
こうなる事を上澤さんも日富さんも見越していたんだろうか?
「知ってたんですか? こうなるって……」
「良くない予感はしていました。超命寺という人は、目的のためなら手段を選ばない人ですから。何の目的もなく、あなたに会うとも思えませんでした」
「もっと止めてくれても良かったんですけど」
「止めたつもりでしたけど。あなたは覚悟できていると、自分で言っていたじゃないですか」
それはその通り。はぁ……、深い溜息が漏れる。
「まあ、しょうがないです。その時はその時で」
僕は少しずつ超命寺に与えられた自分の役割を受け容れようとしていた。
好い様に利用されていると言ったら、それまでだ。何もかもを放り出して逃げる事もできる。でも、もし何か良くない事が起ころうとしていて、何とかできるのが僕だけだとしたら。そこで逃げる訳にはいかないんじゃないかと思う。
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