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五月の末、地下にいた子供達もビルの中でなら、ある程度の自由行動を許される様になった。それと言うのもフォビアの制御に苦労しなくなったからだ。フォビアの制御ができる様になったら本当は寮に移ってもらうんだけれど、まだ独り暮らしをさせるには心許ない年齢のために取られた暫定措置だ。
それで子供達は今どうしているかというと……僕の部屋に集まっている。皆で勉強したり遊んだり。食堂での食事も僕と一緒に取る。その様子を見ていた船酔さんに、「まるでカルガモの親子だな」と笑われてしまった。ちょっと恥ずかしかったけど、引率の先生みたいなものだからと自分を納得させる。
ジムで運動するのも、やっぱり子供達と一緒だ。一旦解散して運動し易い服装に着替えてから、ジムに再集合。
子供達がジムを利用するのは、今日が初めてだ。僕が有徳さんに「お手柔らかに頼みます」とお願いすると、有徳さんは「分かってらぁな」と苦笑いした。
最初に試してみるのはランニングマシン……だけど、その前に軽くストレッチだ。一番体が硬かったのは、意外にも一番運動ができそうな荒風さんだった。逆に一番体が柔らかかったのは、一番運動ができない小暮ちゃん。体力や筋力と関節の柔軟さは関連が薄いって事なんだろう。
ストレッチを終えた後は、二人一組で交互にランニングマシンに乗る。マシンの調整は有徳さんにお任せする。長年ジムをやっている人だから、そんなに無理な調整はしないだろう。
「最初は時速5kmで30分やってみようか? 歩く速さとそんなに変わんないから」
そう言いながら有徳さんはマシンをいじり始める。まあ、そのぐらいの速度なら、大きな問題が起こる事はないかな。
子供達が早足ぐらいの速度でランニングマシンに挑戦している間、僕は時速15kmに挑んだ。全力の半分ぐらいの力で走り続けている感じだ。角度を付けている訳じゃないから、そこまできついとは感じない。三十分後は分からないけど。
有徳さんも僕達に付き合って、ランニングマシンで運動する。速度は僕と同じ時速15km。
そして三十分後……。
穂乃実ちゃんと小暮ちゃんと柊くんは完全にバテていた。声を上げる気力もなく、座り込んで俯いている。
僕もバテた。立っているのもしんどい。最初は楽勝だと思っていたけれど、十分を過ぎたぐらいからきつくなって来た。どうにか完走したものの、子供達の前だからと張り切ったのが仇となった。
それから子供達は交代して、荒風さんと井丹さんと声無くんがランニングマシンに乗る。有徳さんも体力が余っているのか、速度を変えずに再挑戦した。
また三十分後……。
荒風さんは余り息が上がっていなくて、まだ余裕があるみたいだ。他の子達より体力があるんだろう。いや、荒風さんが運動できるというよりは、他の子達の体力が年齢相応じゃないって事なのかも知れない。ランニングマシンに慣れていない事を考慮しても、三十分ぐらいでそこまでバテるのかと思う。
有徳さんは息こそ上がっているけれど、まだまだやれると言った表情だ。鍛え方が違い過ぎる。
ジムでの運動を終えた後、少し休憩して息を整えた僕達は、一度それぞれの部屋に帰る。汗をかいたままだと、服が汗臭くなってしまう。
服を脱いで、シャワーを浴びて、服を着替えて、僕は勉強を再開した。それから二十分ぐらい後に、子供達は僕の部屋に再々集合する。
しかし、どうして僕の部屋なんだろうか? 迷惑って訳じゃないけど、純粋に疑問だった。こういうのって大抵は「何となく」なんだよな。別にそこじゃないといけない理由はないけれど、いつもそうしてたからそうする……みたいな。まあ男女で仲良くできるのも今だけだろうし、思春期になれば自然に離れてしまうだろう。
いつまでも無邪気な子供のままじゃいられないさ……。僕と裕花みたいに。
……ふと、こんな平和がいつまで続くのかと思ってしまう。いつまでも続けば良いけれど、そうはならないかも知れない。いつかフォビアを悪用する者が現れる……。外国だけじゃなくて日本国内でも、また解放運動みたいな連中が出て来ないとは限らない。その時には僕が……。
はぁ、こんな事を考えてしまうのも、超命寺と会ったせいだ。でも僕は会わずにはいられなかった。超命寺の件で後悔するのは、もうやめにしておこう。僕は覚悟して選択したはずだ。
超能力者の素質を持っている人が必ず超能力に目覚めるとは限らないし、フォビアに目覚める確率はもっと低いと思って良いだろう。
ああ、でもP3が……。あの計画だけは何としても止めなければいけない。国が関与しているから止められない? 既に超命寺の手を離れている? そんなのは言い訳だろう。今更になって、僕はそう思う。
多倶知みたいなフォビアの持ち主が誕生する危険性を予測できない計画に、何の意味があるんだ? 重いトラウマを背負わされて、感謝する人間がこの世のどこにいるって言うんだ?
日本を外国から守る前に、先に日本が自滅してしまったら意味が無い。P3みたいな計画を続けていれば、いつかは……。
そうなる前にP3を止めないと。こんな事は間違っていると伝えないと。
この時の僕は、そう強く心に決めていた。
だけど……超命寺が予見した通りに、新たな脅威が現れてしまう。
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