4

 ……やった。やってしまった。事が終わってから、僕は焦り始める。勢いで人を殺してしまった後の犯人みたいに。

 いや、じゃなくて事実その通りなのか? 僕は人の命を奪った。超命寺は罪には問われないって言ったけど、信じて良いんだろうか?

 今頃になって恐怖を感じた僕は、浅戸さんに振り向いた。同時に超命寺の男性秘書とも目が合う。秘書の人は哀れむ様な目で僕を見ている。

 同情されているのか? えぇい、時間は戻らないんだ! 狼狽えてどうする!

 僕は心を強く持って開き直り、秘書の人に問いかけた。


「まだ計画を続けるんですか?」

「会長が仰った通りです。P3は国も関与しているプロジェクト。直接の関係者が生きている内は止められません。会長もC機関もP3の中枢から離れて久しく、今や計画を変える力もありません。私達にはどうにもできないのです」

「止める事ができないなら、せめて……犠牲になった人達を見捨てないでください。必要な犠牲だったと思うなら、敬意を払ってください」


 秘書の人は真顔で一つ頷く。


「……中椎アキラの両親が中学校を訴えた件、学校側に罪を認めて十分な補償を支払う様に手配します」


 そうじゃない。そうじゃない……けど、それが限界なんだろう。フォビアの存在を公にする訳にはいかない。フォビアという危険で迷惑な存在を、誰もが許容できる訳じゃないから。


「それと……向日さん、これを」


 秘書の人は僕に小さなフラッシュメモリを差し出した。警戒してなかなか受け取らないでいる僕に、秘書の人は告げる。


「超命寺会長からのメッセージです。こうなった時のために、あなたに渡す様にと仰せ付かりました。聞くも聞かないもあなたの自由ですが、個人的には聞いて欲しく思います」


 僕はメモリを受け取って無言で考え込む。

 何もかも超命寺の計算通りだったと言うんだろうか? ここで僕に殺される事も? 超命寺は生き続ける事に疲れて、義務や責任から解放されたかったのかも知れない。



 それから僕と浅戸さんは、秘書の人に「片付けがありますので」と言われて、退室させられた。片付けるとは超命寺の遺体の事だろう。

 その後、別の秘書の人が来て、僕と浅戸さんをビルの外まで送る。下の階に移動するエレベーターの中で、浅戸さんは僕に言った。


「言う時は言うんだな」

「言う時……?」

「君があそこまで堂々とした主張をするとは思わなかった」

「そう……ですか」


 褒められているんだろうか?

 確かに僕は何の肩書も無い一人の人間の立場で、僕の何倍も年上で会社の会長っていう偉い人と口論した。相手に話し合う意図があったとは言え、かなり失礼な事を言ったと思う。秘書の人にも。


「その場のノリって言うか、勢いですよ」

「若さって奴か」


 僕は自分で言った後で、その場のノリで人を殺したのかと自己嫌悪に陥った。

 間違っちゃいない。その通りだ。その通りなんだけど……。

 俯いて大きな溜息を吐く僕に、浅戸さんは問いかける。


「疲れたか?」

「はい。とても」


 結局、僕は何をしに来たんだろう? 超命寺の人となりを知って、僕は何をしたかったんだろう? どうして超命寺を殺す事になったんだろう? 殺して欲しいと言われたから、言われるままに?

 僕はまた溜息を吐く。

 ああ、上澤さん……。あなたの言っていた事は正しかった。僕は二度と元の様には戻れない。僕は初めて自分自身の手で人を殺した。今になって行くべきじゃなかったと後悔している。後悔はしないと思っていたのに……。



 帰りの車の中で僕は精神的な疲労から眠ってしまった。

 ウエフジ研究所に着いたのは、夜の九時。自分の部屋に戻った僕は眠ろうにも眠たくならず、超命寺のフラッシュメモリを手に持って、しばらく立ち尽くしていた。

 何かを考えていた訳じゃない。ただ茫然と見詰めて……。

 パソコンがあればメモリのメッセージを聞く事ができるんだけど、僕はパソコンを持っていない。お金が無い訳じゃないけど、買おう買おうと思いながら後回しにしてしまっていた。実際、持っていなくても余り困った事は起こらなかった。どうしても必要って訳じゃないから、買う動機が薄い。でも必要だ。安物で良いから買っておくべきだったな……。

 無い物を嘆いてもしょうがない。実験室にパソコンがあったと思うけど、今は入れない。会議室も同じだ。他にパソコンが使えそうな場所があったかな? いや、でも普通に考えたら部外者が勝手に使えない様に、パスワードでロックされてるよな。

 はぁ……明日にしよう。明日、カウンセリングの時に日富さんのパソコンを使わせてもらおう。その方が良い。だけど……僕が超命寺を殺した事を知ったら、日富さんは僕の事をどう思うだろうか?

 僕は人殺しじゃない。でも、僕が超命寺を死なせてしまったのは事実だ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る