3

 超命寺は僕の怒りを正面からね退けた。


「ソノ通リダ。全テハ大事ノ前ノ小事ニ過ギヌ。ソレトモ君ハ、無為無策ノウチニ何ノ希望モ無イ戦ヒヲスル事ニナッテモ良イノカ?」


 フォビアを悪用する人が現れるのを警戒するのは分かる。だけど、全てのフォビアを管理下に置く事なんかできないのが現実だ。フォビアが増えれば、当然悪用する人も増えるだろう。有用な能力であればある程、悪事に利用できるんだから。

 この人は何もかもが自分の思い通りに行くと思ってるんだろうか? 僕にはそれが分からない。


「バカじゃないのか!? それで多倶知みたいに裏切る奴が現れて! 全部あなたの傲慢さが招いた事だ! 多倶知を止めたのは僕だぞ!」

「ソシテ、ソノ君ノ『フォビア』ヲ目覚メサセタノモ私達ダ……。君ハ『バイオレンティスト』モ止メテクレタ。実ニ天晴レ。褒メテ遣ハサウ」


 僕が感情のままに吐き出した暴言にも、超命寺は動じず冷淡に切り返す。

 僕はますます怒った。


「結果論だ!」

「サウトモ。結果コソガ全テ」


 こいつ!

 僕は殴りかかってやろうかという衝動に駆られた。だけど、この人を殴るのは気が咎める。超命寺は僕に全く抵抗できないだろう。目が見えず、腕も無く……。無抵抗の人を殴って、何になる?

 怒りのやり場に迷う僕に、超命寺は言った。


「向日衛、モシ私ニ復讐心ヲ持ッテヰルナラ、『フォビア』ヲ使フガ良イ。コノ体ハ超常ノ力ニヨッテ存ラヘテヰルガ故、老衰シテ死スダラウ」


 僕は耳を疑った。殺せと言っているのか?

 一度振り返って、後ろに控えている男性秘書の顔色を窺うけれど、静かに僕を睨んでいるだけだ。止めもせずに、ただ黙って見てるってのか?

 動揺する僕に超命寺は告げる。


「私ハ長ク生キ過ギタ。不死同盟ニ加ハッタハ良イガ……ヤレヤレ。臓腑ヲ引換ヘニスレバ、モウ数百年ハ生キラレヤウガ、最早ソノ気力モ失セテヰル。私ノ志ハ他ノ者ガ継グ。計画ハ既ニ我ガ手ヲ離レタ故、今更私ヲ如何イカニシヤウトモ止マラヌ。ソレデモ良ケレバ、シイシ給ヘ」

「……殺せと言われて、殺すと思うんですか?」

「罪ニハ問ハレヌヨ」

「そういう問題じゃないんですよ」

「君ニハ十分ナ理由ガアリ、私モ討タレテヤル覚悟ガアル。ソシテ何ノ罪ニモ問ハレヌナラバ、何ノ不都合ガアラウカ」


 僕は二度首を横に振った。この人の倫理観では許されるんだろうけど、僕はそこまで開き直れない。


「殺して欲しいなら、それなりの態度があるでしょう」

「サウダナ。個人的ナ感情ヲ排スレバ、私ガ責メラレル道理ハ無イ。私ハ自ラノ正シサヲ信ジテヰル。何人ガ犠牲ニナラウトモ。P3ニハ、ソレダケノ価値ガアッタ」


 僕が言いたいのは、そういう事じゃないんだけどな……。でも、この人は「どうか殺してください」なんてプライドが邪魔をして言えないんだろう。


「価値って何ですか? 家族や友人が、国とか国民よりも下の存在だとでも思ってるんですか? そんな訳ないでしょう。犠牲になった人の家族や友人にとっては、無為無策に殺されるのも計画のために殺されるのも、どっちも変わらないんですよ」

「君ハ私ヲ説得セムトシテヰルノカ?」

「そんなつもりは……いえ、そうです。その通りですよ」


 僕は一度否定しかけて、思い直して肯定した。何のために僕がこんな話をしているのかというと、やっぱり超命寺にも後悔や反省をしてもらいたいからだ。心から申し訳ないと思って謝って欲しい。

 だけど、そんな僕を超命寺は嘲笑う。


「青イ、青イナ。私ガ反省スレバ許ストデモ云フノカ?」

「それは分かりません。でも……多少の犠牲を認める事と、その犠牲になった人に申し訳ないと思う事は両立します。僕はそうあるべきだと思います」

「諦メ給ヘ。人ノ本心ヲ知ル術ハ無イ。シンバ私ガ今カラ反省ヤ後悔ノ色ヲ表シタトシテ、ソレガ本心デアルト思フノカ?」

「確かめる手段はあります」

「ドウスルト云フノカネ?」

「簡単な事です。僕の質問に答えてください。中椎アキラを知っていますか?」

「アア、知ッテヰル。君ノ友人デ、多倶知選証ニ自殺ニ追ヒ込マレタ哀レナ少年ノ事ダラウ」

「その両親が今どこにいるか知っていますか?」

「否……知ラヌ」

「そうですか……」


 僕は失望した。元から大して希望は持っていなかったけれど、もしかしたら露悪的なだけで、犠牲になった人を気にかけていたりするんじゃないかと……。

 もう僕から言える事は何も無い。そして僕は心を決めた。

 ……しばらくして、超命寺の呼吸が少しずつ弱くなる。


「私ノ正シサハ、君ガ証明シテクレルダラウ……信ジテヰルヨ」


 その言葉を最後に超命寺の息は完全に止まった。

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