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 カウンセリングルームを後にした僕は、一度部屋に戻って荷物を持って来てから、ビルの玄関に向かう。ビルの前では浅戸さんが乗用車を用意して待ってくれていた。これから僕達が向かう先はC県N市だ。

 事前に上澤さんから閲覧を許可された持出禁止の極秘資料によると、C機関の本部は株式会社ライトピースビルサービスが管理するCNビルの中にあるらしい。C県N市にあるからCNビルという、割と安直な由来の名前のビル。

 ライトピースビルサービスの正体は、旧国営企業の物件を管理していた部署が独立した会社だ。今は完全に民営化している。明るく平和な社会を目指して、ライトピースビルサービス。

 C機関も表向きは民間の警備会社という事になっている。頼来らいらい警備保障って名前なんだけれど、余り有名じゃない。少なくとも僕は今まで聞いた事もなかった。全国に支部がある割に、企業規模もそんなに大きくない。

 特に宣伝活動とかはしてなくて、主に公的機関から仕事を請け負っているらしい。要するに、随意契約で成り立っている半官半民の組織って訳だ。半分公務員みたいなのはF機関も一緒だから、あれこれ言える立場じゃないけど。


 CNビルはC市の街中に堂々と立っている。F機関が借りている久遠ビルディングが市街地から少し離れた場所にあるのとは対照的だ。

 CNビルの地下駐車場に車を停めて、僕と浅戸さんは正面からビルに入る。ウエフジ研究所から来たと説明すると、入口の警備員さんはあっさり通してくれた。それから僕と浅戸さんは、副枝そえだという男性の秘書官に案内されて、十階建のビルの最上階にある会長室へと向かう。

 超命寺は所長とか社長じゃなくて会長なのか……。上澤さんは理事長って言ってたんだけど、少なくとも会長らしい。つまり、表向きには超命寺とは別に会社の社長がいるって事だ。

 超命寺はどんな人なんだろう? 性格も気になるけど、風貌も気になる。F機関の富士所長はミイラみたいに包帯を巻いていた。あれは多分、火傷を隠すためだと思うんだけど、実際どうなんだろう? 人に聞くのも失礼な気がして、結局誰にも聞かず終いだったんだよなぁ……。超命寺も素顔を隠しているのかな?

 そんな事を考えている内に、エレベーターは最上階に着いて、いよいよ超命寺との対面の時が来た。


 先に男性秘書がドアをノックして開ける。僕と浅戸さんも続いて入室する。

 黒を基調にした高級そうな室内で、これまた黒くてつやつやしている大きなデスクについているのが、恐らく超命寺。


「か、会長……」


 ここまで僕達を案内した男性秘書が動揺した声を上げる。椅子に座っている超命寺には両腕が無かった。


「ヨク来タ、F機関ノ向日衛。私ガ超命寺ダ」


 あからさまな機械音声。人工喉頭だ。超命寺には髪の毛どころか、眉も髭も無く、耳も削ぎ落とされて、両目の代わりにはガラス玉が入っている。開閉する口の中には歯が無い。まともなのは鼻ぐらいだろう。しかし、肌は若々しく皺の一つもない。

 僕は余りの壮絶さに絶句した。これが欠損を抱えて生き続けるフォビア……。


副枝ソヘダ、後ノ事ハ手筈通リニ。社長ノ酒保サカホニモ話ハシテアル故」

「はい」

「ソコデ全テヲ見届ケヨ」

「はい」


 秘書と話を終えた超命寺は、改めて僕に向かって言った。


「私ニ話ガアルト、富士カラ聞イタ。何デモ聞キ給ヘ」


 僕は硬直してまともに答えられない。超命寺はよく見ると、両脚も無い。寿命と引き換えにしたのか、それとも怪我や病気で切除せざるを得なかったのか? どちらにしても強い精神力の持ち主なんだろう。


「向日くん」


 浅戸さんに呼びかけられて、僕は正気に返る。そうだ、今は話をしないと。


「P3という計画について知りたいです」

「P3ノ何ヲ知リタイノカナ?」

「あなたが計画の主導者なんですか?」

「サウダ」


 意外な程にあっさり認めたから、僕は不審の目を向ける。


「誰かを庇ったりしていませんか?」

「コノ私ガ全テヲ主導シタ。元軍人ヲ動カシタノモ、一部ノ政治家ヤ官僚ト交渉シタノモ、全テ私ダ。私ノ意志ナノダ」


 超命寺の言葉には強い信念が感じられた。だけど、その信念のために……犠牲になった人達がいる。


「多倶知選証のフォビアを目覚めさせたのも?」

「タグチ・ヨリアキ……彼ハ惜シカッタ。有用ナ能力ダッタノニ。モット気ヲ付ケテ監視スベキダッタ」


 僕は愕然とした。もっと反省するとか……いや、確かに反省はしているんだけど、こういう方向の反省を求めていた訳じゃない。申し訳ない事をしたが、大義のためには必要な犠牲だったのだとか、そういう言い方を期待していた。


「クククク。誤算ト言ヘバ、君ノ事モダ。予兆ハ掴ンデヲッタノニ、完全ニ出シ抜カレテシマッタ。富士ノ孫ガ、君ノ幼馴染ダッタトハ……。運ガ無カッタ」

「そんな事が聞きたいんじゃない!」


 僕は思わず声を荒らげていた。自分の意思に反して、大きな声が出ていた。


「罪悪感は無いんですか! 申し訳ないとは思わないんですか!」

「アア、君ノ怒リハ解ル。モットモナ事ダ。シカシ、私ハ正シイ事ヲシテヰル。ソノ考ヘヲ改メルツモリハナイ」

「正しい事だって!? 何が正しいって言うんですか! 人が死んでるんですよ!」

「ソレガドウシタト言フノカ? 人ハ死ヌ。当然ノ事ダナ。私ハ戦争デ多クノ死ヲ見テ来タヨ。好イ奴モ嫌ナ奴モ、敵モ味方モ、家族モ友人モ、何ノ区別モ無ク死ンダ。タダ無為ト無策ノタメニ。悔シカッタ。平和ナ時代ニ生マレタ君ニ、コノ絶望ハ解ルマイ。私ハ最早、赤ノ他人ニ期待ハセヌト決メタ。オ国ノ行方ハ下々ノ者デハナク、オ偉方ガ決メル等ト、能天気ナ事ハ二度トハ言ハヌ。ダカラ自ラ動イタノダ。愛国ゴッコノ恥知ラズ共ヲ唆シテナ」


 僕は超命寺が何を言っているのか、すぐには分からなかった。ただ強い怒りと憎しみは感じられた。


「私ハ予感シテヰル。必ズ、必ズ超能力ヲ悪用スル者ガ現レル。ソノ時ガ来ルト知ッテヰナガラ、無為無策デハヲレヌノダ」

「だから何人かの犠牲は見過ごせって言うんですか?」


 僕も怒る。静かに地下深くで煮え滾るマグマの様に。超命寺が自分の怒りのために人を不幸にするなら、僕にも怒る権利がある。

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