超命寺の目論見

1

 四月三十日の午前十時、僕は上澤さんに呼び出されて、C機関を訪問する予定について聞かされた。


「おはよう、向日くん。C機関の理事長、超命寺との面会の件についてだが、五月十日にC機関への訪問を予定している。問題はないかな?」

「はい。ありません」

「即答したな。その割には緊張した顔だが」

「そりゃ緊張もします」


 寧ろ緊張するなと言う方が無理だろう。いよいよ諸悪の根源とも言える、超命寺に会えるんだ。超命寺が仮にどんな極悪人だったとしても、どうしても真意を確かめずにはいられない。

 ……極悪人ってのとは違うかな? 目的のためなら手段を選ばないってだけなんだとしたら……いや、やっぱり極悪人かも知れない。


「重ねて問うが、本当に超命寺に会うんだな?」

「はい」

「今ならキャンセルできるぞ。ドタキャンしてもいい」

「いいえ」


 再三確認を求めて来る上澤さんに、僕も即答の連発で応じた。

 いくら何でもドタキャンはまずいだろう。上澤さんはそんなに僕を超命寺と会わせたくないんだろうか?

 上澤さんは真剣な表情で僕に言う。


「過去を追い求めるよりも、未来を見て生きる訳にはいかないのか?」

「そういう問題じゃないですよ」

「いや、そういう問題だよ。解放運動も監視委員会も倒れた。ここでフォビアに苦しむ人達を助けながら、平穏無事に生きて行く事に、何の不満があると言うんだ?」

「大袈裟ですよ。超命寺さんに会ったからって、そういう生活が送れなくなる訳じゃないでしょう?」

「どうかな? 少なくとも元には戻れないと思う」


 上澤さんの不吉な物言いに、僕は不安を搔き立てられた。


「上澤さんは何か知ってるんですか? 知ってるなら教えてください」

「私が知っているのは超命寺という人間の人格と思想ぐらいだよ。会ったところで良い事は何も無い。君が得るべき物もない」


 強気に断言されると、本当にそうなんじゃないかと思えて来る。いや、実際そうなんだろう。僕だって説得しようだとか改心してもらおうなんて考えちゃいない。子供一人が抗議したところで考えを改めるぐらいなら、最初からやってないだろう。

 それでも僕は一度決めた事を覆したりはしない。


「だからって、やめたりはしません」

「覚悟の上なら何も言わないよ。本当に覚悟ができているならね」


 今までの様には生きられない覚悟をしろって事なのか?


「分かっています。どんな事があっても、自分で決めた事だから後悔はしません」


 それが覚悟するって事だと思う。運任せじゃなくて自分の選択だから後悔しない。人任せにしないから、誰かを恨む事もない。……そんな風に言い切れる事が理想だ。

 上澤さんは真顔を少しも崩さずに言う。


「分かった。五月十日、同行者は浅戸だ」

「はい」

「私から言う事はもうない。下がって良いぞ」

「はい。失礼しました」


 副所長室を出た後、僕は大きな溜息を吐いた。

 ……緊張した。いつもの気安い感じの上澤さんじゃなかった。でも冗談で上澤さんが脅しをかけるとは思えない。そんなに後悔する様な何かがあるんだろうか?

 僕は拭い切れない不安を抱えたまま、五月十日を待つ。



 そして迎えた五月十日、僕は早朝から日富さんのカウンセリングを受けた。


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。副所長は脅し過ぎです」

「そうですよね」


 これまでのカウンセリングでは言われなかったけど、今日の僕の様子がそんなに気にかかったんだろうか?

 日富さんは今頃になってフォローを入れる。十日もあれば僕が自力で立ち直ると思ってくれていたなら、申し訳ない限りだ。

 でも、日富さんの事だから気休めの可能性もある。


「……疑わしげな顔をしていますね。信用してはくれませんか?」

「いや、そんな事は……」


 慌てて僕が否定すると、日富さんは小さく笑う。

 僕は正直に聞いてみる事にした。


「日富さんも僕が後悔すると思いますか?」

「後悔するもしないも、あなたの心一つですから。いくら私でも未来の事までは分かりませんよ」


 ……正論だ。完璧な正論だから反論もできない。僕が心を強く持つしかない。


「そうですよね……。それじゃ、行って来ます」

「嫌ならやめても良いんですよ? 副所長も言っていたでしょう。ドタキャンしても良いって」

「ここまで来て、それはないでしょう」


 覚悟を決めたと宣言しておいて、怖気付いたと思われたくはない。半分見栄だ。

 日富さんは小さく笑う。


「小さなプライドのために何もかもを台無しにするよりは、ずっと賢い選択ですよ」


 その一言に僕はドキッとした。日富さんも何かあると思っているんだろうか?

 いや、考え過ぎだ。僕は超命寺に話を聞くだけだ。そこまで後悔する様な事がある訳がない。

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