お花見
1
四月も半ばを過ぎて、桜も完全に散ってしまった。もうお花見って時期でもないんだけど、僕は芽出さんに花見に行こうと誘われた。他に一緒に花見に行くのは、沙島さん、勿忘草さん、灰鶴さん、ステサリーさん、初堂さん、窯中さん。フォビアの女性組が勢揃いだ。
男は僕だけというのが気まずかったけれど、フォビアを封じる僕のフォビアが絶対に必要だと言われて、頷かざるを得なかった。
「しかし今頃お花見ですか? ちょっと遅かったんじゃ?」
「花は桜だけじゃないんだよ? 見に行くのは藤の花」
「それにしても……どうして女性だけで?」
「ひぃちゃんが免許取ったって言うから、それじゃあ皆を誘って行こうってなって。せっかくだから、初堂さんと窯中さんもってなって」
「ひぃちゃん?」
「灰鶴の悲廉ちゃん。ヒレンだからひぃちゃんね」
「免許って普通自動車ですか?」
「そうじゃないと、皆で行けないじゃん? ひぃちゃん、冬の間は虫が出ないから、暖かくなる前に免許取っちゃおうって言って、しっかり宣言通り取っちゃったんだ。凄いよねー」
凄い……のかな? 免許を取るのが、どのくらい難しいか分からない。でも車を運転する人は誰でも免許を持ってるはずだから、そこまで難度は高くないんじゃないかと思う。だって、どこにでも道路があって、毎日毎日何百とか何千、何万台って数の自動車が走ってるんだから。
僕も車の運転ぐらいはできる様になりたいから、高卒認定試験に合格したら免許を取ろう。あ、バイクの免許も取りたいな。どっちを先に取ろう? バイクが先かな?
「そういう訳だから、来週の予定は空けといてね」
「はい」
「それじゃヨロシクぅ!」
芽出さんは元気よく去って行った。
まあ、特に僕が準備する様な事もないし、気楽に当日を待つとしよう。
ざっと時間をすっ飛ばして、花見の当日。向かう先はT公園だ。
研究所の前で灰鶴さんがレンタルしたワゴン車に皆して乗り込む。助手席には芽出さん、中列にはステサリーさんと窯中さんと勿忘草さん、そして後列に僕と初堂さんと沙島さんが座る。
灰鶴さんは芽出さんの話の通りなら免許取りたてのはずだけれど、こんなに人をいっぱい乗せて大丈夫なんだろうか? 他人事ながら心配になる。
そんな僕の心配を余所に、灰鶴さんは慣れた様子で車を運転していた。
「ひぃちゃん、運転上手だね」
「まあ、ちょくちょく乗ってるから。乗らないと腕が
「かぁっこいーぃ! プロみたいな言い方」
「車のプロって何よ? 運ちゃん?」
「運ちゃんって何?」
「何って……車の運転が仕事の人だよ。タクシーとかトラックとか」
芽出さんと会話をする余裕もある。
一方、中列では窯中さんとステサリーさんが会話していた。
「私も来て良かったんでしょうか……?」
「いーの、いーの。皆一緒、フォビアを持ってる仲間みたいなもんだから。向日くんもいるし、今日は気にせず楽しんで」
勿忘草さんは窓に寄りかかってすやすや眠っている。車がカーブを曲がる度にゴツゴツと頭を窓にぶつけてるけど、目覚める気配は無い。
僕と初堂さんは後列で皆の様子を見守っていた。誰かがフォビアを発動させる気配がないか注意している僕に、ピクニックバスケットを抱えた初堂さんが、横から声をかけて来る。
「今日はありがとう、向日くん」
「え? あぁ、いやいや、お礼なんかいいですよ。元から無趣味なんで、こういう時でもない限り、なかなか外出の機会がありませんから」
「それでも……ありがとう」
「……どういたしまして」
真剣に言った初堂さんに、僕は照れ臭くなって小声で答えた。ただいるだけでも、人の役に立てているなら嬉しい。
三十分弱のドライブで、目的地のT公園に着いた僕達は、七分咲きぐらいの藤棚の下を歩く。藤の花の甘い香りが漂う公園内で、僕達はゆっくり藤の花を見て回った。毎年恒例の藤の花祭りにはまだ早いから、人出はそれ程でもない。
一通り公園を歩いて回った後は、藤棚の下でお昼ご飯。初堂さんが人数分のサンドイッチを作って、持って来てくれていた。ピクニックバスケットはそのために持っていたんだと、僕は今更気付く。
初堂さんお手製のサンドイッチはレタス・ハム・チーズ・玉子フィリングを挟んだ普通のサンドイッチだけど、とてもおいしい。パンは乾燥し過ぎず、だからと言って水っぽくもない、ふんわりした食感。レタスはみずみずしく、ハムも軟らかい。いくらでも食べられそうだ。
他の皆もおいしい、おいしいと口を揃えて言う。
「初堂さん、良いお母さんになれますよ」
そう言ったのは、窯中さんだった。場の空気が一瞬で凍り付く。暖かい春の風が急に冷たくなった様に感じられる。
「ありがとう」
周りが過敏になったのとは対照的に、初堂さんは優しく微笑んでお礼を言った。
僕達はホッと胸を撫で下ろす。良かった。気にされてないみたいだ。
何となくだけど、初堂さんの前で恋人や家庭を思わせる発言は、慎まないといけない様な雰囲気があった。それもこれも好意を持った男性を不幸にするフォビアのせいなんだけど……。
もしかしたら過剰な配慮で、今まで変に気を遣い過ぎていたのかも知れない。
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