3

 アキラのお祖父さんは震える声で僕に聞く。


「その多倶知という少年は今どこにいるのですか?」


 僕は再び答えに詰まる。言い難い事だけど、事実を伝えなければ。


「……どこにもいません。多倶知は死にました」


 中椎家の三人は驚いた顔をした。そして僕に疑いの目を向けて来る。僕が殺したと思われてる? あるいは多倶知に全ての責任を押し付けて、逃げようとしている風に見えるのかも知れない。


「多倶知には身寄りがいませんから、死んだ事を確かめる手段はありません。でも、多倶知は……もうどこにもいないんです」


 まあ、しょうがない。多倶知は公安に殺されて、死体も秘密裏に処分された。それを正直に話しても、やっぱり信じてもらえないだろう。……っていうか、自分から疑惑を深めに行ってしまった様な? 余計な事ばかり言って、墓穴を掘った気がする。

 話題を変えよう。


「とにかく……北中で虐めがあった事は事実です。学校がそれを認めないなら、当時のクラスメイトで証言してくれそうな人を言います。多倶知が死んだ事を伝えれば、話してくれると思います。担任だった外間とま先生も、生徒の証言を突き付ければ話してくれると思います」


 それから僕は多倶知と関わりの深かった学校内の人物、加害者と被害者の名前を一人一人挙げた。忘れるはずもない。小学校から何年も一緒だった仲間達が、たった一人のために、たった一年でバラバラになってしまったんだから。

 中椎家のためを思って僕は情報を教えたんだけれど、それを聞いている時の三人の目は、恐ろしい物を見るかの様だった。

 ちょっとショックだったけれど、仕方がない。

 僕は寂しさと悲しさを胸の中にとどめて、そっと息を吐いた。


 少し沈黙が続いた後、アキラのお母さんが僕に言う。


「勇悟くんは今日、一人で来たの?」

「はい。電車とタクシーで」

「H市から?」

「はい」

「お金、大変だったでしょう?」

「いいえ、もう働いているので」


 僕がそう答えると、アキラのお母さんは驚いた顔をした。


「高校には受かったって……」

「はい。でも、学校生活を続ける気にはなれなかったんです……。どうしてもアキラの事を思い出してしまって。後悔はしていません。今は働きながら、勉強して高卒の資格を取ろうと思っています」


 中椎家の三人はどう反応したら良いか困っている。変な空気になってしまった。

 僕はゆっくり席を立つ。


「それでは……失礼しました。来年もお墓参りに来て良いですか?」


 また間があった。

 中椎家の三人は無言で視線を交わして、相談しているみたいだった。やがてアキラのお母さんが口を開く。


「無理しないで。お互い、過去に囚われ過ぎるのは良くないわ」

「無理ではなく――」

「義務感でやられるのは、アキラも望んでないと思うの」


 遠回しに来るなと言われているんだろうか? それとも……僕が罪悪感に駆られている様に見えたんだろうか?

 僕は少し俯いて目を瞑る。


「……失礼しました」


 僕は改めて一礼して、中椎家を後にした。

 来年も行こう。その時には裁判も少しは進んで、中椎家の人達も落ち着いていると思う。それでもまだ迷惑がられる様だったら……。

 僕は大きな溜息を吐く。その時はその時だ。まだ心はすっきりしないけれど、これで僕のやるべき事は一つ片付いた。


 中椎家の前の坂を下りると、タクシーの運転手さんがペットボトルのお茶を飲みながら、大きな石に腰かけて待っていた。


「やあ、友達には会えたかね?」

「はい。駅までお願いします」

「あいよ」


 携帯電話で時刻を確認すると、午後四時前だった。僕は一時間ぐらい中椎家にお邪魔していた事になる。もっと長い時間を過ごした気分だった。

 タクシーの中で何度も溜息を吐く僕に、運転手さんは心配そうに話しかけて来る。


「……上手く行かなかった?」

「そうですね。友情って難しいです」


 僕は彼との友情のために、信義を果たしに行っただけなのに。死んだ人の気持ちは分からない。まともに考えれば、死んだ人は何も思わない。魂だの何だのは、生きている人間の勝手な思い込みだ。それでも……僕は彼との友情を信じたかった。


「人の気持ちなんてのは、分かってるつもりで本当はなかなか分からない。遠く離れてしまうと、尚更だなぁ」

「そうですね……。皆、変わってしまいました。僕も……」


 タクシーの運転手さんの言葉に、僕は同意して窓の外の風景をぼんやりと眺める。何もかも、もう元には戻らない。


 I駅に着いたのは夕方。僕は電車に乗ってH市まで帰る。H市に着く予定時刻は夜の九時前だ。

 僕は電車内で、夕暮れから夜に変わる風景を眺めながら、物悲しい気持ちになる。

 僕達の……友情……。

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