新年度
1
時は過ぎ、四月を迎える。
僕より一つ年上の幾草は、もう高校三年生だ。取り敢えず大学に進学するつもりでいるらしいけれど、まだどこの大学かは決めかねていると言う。
新学期が始まる前に、僕は幾草からそれとなく将来に関する相談を受けた。二人でレーシングゲームをしている最中の事だった。
「あー、もうすぐ新学期かぁ……。大学どうすっかなー」
「そろそろ進路を決めとかないといけない時期なの?」
幾草はカーブに差し掛かると、自然に体が傾く。僕も一人の時はそんな事にはならないけれど、二人でやっているとついつい一緒に体が動いてしまう。
「早い奴はもう就活を始めてるって言うんだよなぁ」
「幾草はやりたい仕事とかあるの?」
「できるもんなら仕事なんかやりたくねえよ」
「それを言ったらお終いじゃん」
「つっても将来の夢とか、そんなの無かったしなぁ……」
「何か得意な事とか……」
僕は幾草の後ろに付いて走る。NPCの強さはそこそこ。二人共やり込んでる訳じゃないから最高難度では勝てない。だからって最低難度にするぐらい下手でもない。
僕達はそこそこレベルで一位になったり四位に落ちたり……平均して二位か三位ぐらいの順位に落ち着いている。
「何で俺を抜かねえの? 妨害もしねえし」
幾草が僕に聞いて来た。僕は苦笑いして答える。
「一位になれる訳でもないのに、足を引っ張り合ったってしょうがないだろ」
「甘い事を言ってんな」
「リアルのガチ勝負でも協力して上を目指す事はあるらしいし」
「『一緒に走ろう』は裏切りフラグなんだよなぁ」
別に手を抜いてる訳じゃない。裏切ろうと考えてる訳でもない。人の後ろを走るのが一番安全と言うだけだ。
このゲーム、後方への妨害手段が極端に少ない。直接ブロックするぐらいだ。後ろに付けば、スリップストリームの恩恵もある。速さを競うゲームだから、これで良いのかも知れない。
僕は話を元に戻す。
「それで、進路はどうするの?」
「分っかんねえから、近くのテキトーな大学にする」
「学部を選ばないと」
「受かった学部の仕事につく。一番給料の良い奴な」
「それで良いのか……」
「何が悪い」
まあ人生ってそんな物なのかも知れない。何もかもが思い通りに行くなんて事はあり得ないし、誰もが希望した職業につける訳でもない。適度に諦めたり、時には状況に流される必要もあるんだろう。
翻って僕はどうなのか? 幾草に説教できる程、自分の意志で物事を選んでいるとは言えない。何も考えずに、他人の敷いたレールの上を歩いているだけ。
「……幾草、次は僕が前に出る」
「後ろは飽きたか」
「そろそろレースも終わりだしな」
「やっぱり裏切るんじゃねえか!」
ゲームというのは人の本性を曝け出すのかも知れない。
正午になって、食堂に移動した僕は上澤さんと会う。
「向日くん、隣いいかな?」
「あ、はい。どうぞ」
「さて、新年度な訳だが……。どうかね?」
僕の隣に着席した上澤さんは、唐突に聞いて来た。
僕は質問の意図が理解できなくて、少し固まる。
「……どうって、別にどうって事は無いですけど」
「成程。変わりがないのは良い事だ」
そう言って上澤さんはチキンフライ定食のオニオンスープを口に運んだ。
それから沈黙が訪れる。ちょっと気まずくなって、僕は自分から問いかけた。
「上澤さんの方こそ、どうなんですか?」
「どうって……」
「新年度になって」
「まあ、変わりはないよ。普通の企業なら新入社員とか来るんだろうけど、ウチは普通の人は採用しないから」
「研究所の人達は全員、普通じゃないって事ですか?」
「そういう訳じゃないんだが……。まあ、ワケありが多いのは事実だ。事務系はそうでもないけどね。研究員は再就職が多い」
知らなかった。研究の内容が内容だけに、簡単には機関を離れられない人を採用しているんだろう。そう言えば、超能力を失くした人でも、ここで働けるとかいう話があったな。もしかして元フォビアの人とかいるんだろうか? 大波さんや山邑さん、城坂さん、都辻さん、原岡さんも元はフォビアを持っていたり?
でも誰が元フォビアだとか、そういう事は聞かない方がいいんじゃないかと思う。
そのまま食事を終えて席を立つ。僕と同じタイミングで上澤さんも席を立った。
上澤さんは僕の頭を見て言う。
「向日くん、少し背が伸びたかい?」
「ああ、ええ、少しは」
「この一年で何cmぐらい伸びた?」
「10cmぐらいですかね……」
高校に入学して最初の身体測定では160cmだった。今は170cmちょうどぐらいだ。
「それじゃあ二十歳になる頃には、2mぐらいになっているな」
「そんな訳ないでしょう。180にも届かずに止まりますよ。親もそこまで背が高くなかったですから。もしかしたら、これ以上は伸びないかも知れません」
「ははは、分かってるよ。冗談、冗談」
食堂を出て上澤さんと別れた僕は、小さく息を吐いた。新年度になっても、ここの環境に大きな変化はないみたいだ。一年間、何も無いと良いなぁ……。
超能力解放運動は潰れたし、超能力者監視委員会も活動を縮小したから、そろそろ平和になっても良い頃だろう。
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