3
僕は改めて所長に尋ねる。
「P3を止めさせる事はできないんですか?」
「計画の中軸である超命寺が翻意しない限りは無理だ」
「逆に言えば、心変わりさせれば良いんですね?」
僕の問いかけに、所長は答えなかった。無理だと思っているんだろう。
僕もできるとは思っていない。だけど、会わずにはいられない。
「所長、僕を超命寺さんに会わせてください」
「会ってどうする?」
「とにかく会って話さないと気が済まないんです」
所長はしばらく黙って考え込んだ。
「……まあ、機会ぐらいは提供できない事もないが……。調整しておこう」
「調整? 会えるんですか?」
「向こうの出方にもよるが、できない事はない。超命寺の方も君に会いたいと思っているだろうしな」
「お願いします」
「ああ」
僕は一つ息を吐く。意外とすんなり会えそうな感じだ。会えたところで、話を聞いてもらえるかは分からないけれど……。
それから僕はもう一つ聞いておかなければいけない事を思い付いた。
「最後に一つだけ……。中椎アキラの家族が、どこに引っ越したか分かりますか?」
「調べれば分かると思う。住所が判明し次第、教えよう」
「はい。そちらもお願いします」
さて、僕から言う事はもう何もない。所長もこれ以上話す事はないみたいだ。
ちょっと間が空く。そう言えば、所長の包帯は火傷の痕を隠しているんだろうか? 戦争中にフォビアを発症したとか言ってたからな。
でも余り立ち入った事を聞くのも悪い。火傷以外の理由があったとして、知ったところで何だという話でもある。
これでお終いにしようと思っていたら、裕花が声を上げた。
「あの、ゆーくん……」
「ん? 何?」
「……ごめんね」
「いいって。気にしてないよ」
「でも……」
「本当に全然気にしてないから」
裕花はまだ物言いたげな顔をしていたけれど、結局何も言わなかった。
罪悪感があるのは分かるけど、僕が許す……と言うか、気にしないと言ってるんだから、裕花も気にしないで欲しい。僕が恨むべきは超命寺だ。
所長との対面を終えた僕と上澤さんは、所長室を後にする。
所長室前の廊下で、上澤さんは僕を見て言った。
「超命寺を恨みに思う気持ちは分かるが、くれぐれも一人で先走らない様に」
「分かっています。そもそも僕はC機関の場所を知りませんから。仮に場所が分かったとしても、僕一人でC機関に突入して、どうにかできるとは思えません」
僕は至って冷静なつもりで答えた。
上澤さんは少し困った顔をする。
「超命寺に会って、どうするんだ? 本当に話をするだけなのか」
「そうです。他に何を……殺すとでも思ってるんですか?」
「そのくらいの事はするかも知れない」
信用が無いんだなと僕は苦笑いした。
「しませんよ」
「では、何のために会う? 君の友人の死に、間接的にとは言え、超命寺が関係している事は明らかだ。しかし、復讐するつもりはないんだろう?」
「超命寺さんがどう思っているか知りたいんです」
僕の答えを聞いた上澤さんは、悲しそうな顔をする。
「知っても後悔するだけじゃないのか? 超命寺は反省なんかしないだろう。悪いとすら思っていないかも知れない」
「それは実際に聞いてみないと分からないでしょう」
「人の善意を信じたい気持ちは分かるが、期待しない方が良い。失望して深く傷付くだけだ」
「……超命寺って人はそんなにアレなんですか?」
マッドサイエンティストとか、そんな感じなんだろうか?
上澤さんは僕に言い聞かせる様に語った。
「目的は手段を正当化してしまう。特にP3については、国がお墨付きを与えているに等しい。特権意識は人の精神を腐らせる。もし超命寺が完全に開き直ったら、君はどうするつもりだ?」
「……分かりません。どうもしないと思います」
「私は君がそう冷静でいられるとは思えない」
「やめとけって事ですか?」
「端的に言えば、そうなる。何も意地悪で言っている訳ではないんだ」
それは分かる。だけど、傷付くのも後悔するのも僕の権利だ。僕は自分の意思で、本当の事を確かめに行く。このまま忘れる事はできないから。
「それでも僕は行きます」
「分かった。しつこく言って悪かった」
僕が決意を口にすると、上澤さんはあっさり引き下がった。上澤さんは僕の覚悟を試したんだろうか?
結局、僕は超命寺に何を期待しているのかという事だろう。
真相を話してくれる事? 後悔して謝ってくれる事? それとも哀悼の意を示してくれる事?
僕自身にも分からない。きっと、その分からない事を確かめに行くんだ。
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