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 僕は一度深い溜息を吐いた。

 P3に関わったC機関の超命寺を許す訳にはいかない。公安C課の課長も、衛生保健省の保護院も許せない。だけど……それはいつの話なんだろう? まだまだ所長には詳しく話を聞かないといけない。

 そう思った僕は自分から問いかけた。


「P3っていつから始まったんですか?」

「具体的に『いつから』と言うのは難しい。戦中のフォビアを軍事利用する計画が雛型だから、その頃から始まっていたと言う事もできる。戦後にF機関からC機関が分離独立した時かも知れない。しかし、何を語るにしても超命寺と私の事から話さなければいけないだろう。聞いてくれるかな?」

「はい」


 僕は素直に頷いた。

 所長は一つ深呼吸をして目を閉じる。


「1943年、私と超命寺は徴兵されて南方戦線に送り込まれた。戦況は激化する一方で地獄の様な日々だった。私達の部隊は敵軍に包囲され、追撃を受けながら散り散りになって逃げ延びた。極限状態の中で、私と超命寺は死者が起き上がる幻覚に何度も襲われた。死体は徹底的に破壊する癖が付く程だった。私と超命寺は共に不死に対するフォビアに目覚めた。私は『生きたまま焼かれ続けて死ねない』というフォビア、超命寺は『欠損を抱えたまま生き続ける』というフォビアを得た」


 戦争中の苦しみは想像を絶する物だろう。過酷な戦争体験が超命寺の人格を狂わせてしまったんだろうか? そうだとしても他人を不幸にしていい訳がない。P3は絶対にやめさせるべきだ。


「そして『フォビアの究極』との出会いも、また戦場だった。デーリック・アンカーソン軍曹……認識票にはそう書かれていたな。彼は数人の部下を引き連れて、掃討作戦を行っていた。私達は生き延びた仲間と合流して、アンカーソンの部隊に決死の奇襲をかけた。草陰に身を潜め、接近を待ち伏せて突撃。奇襲は成功して、彼の部隊は彼を除いて全滅した。そう、デーリック・アンカーソンその人を除いて……」


 所長は首をゆっくり左右に振る。


「今でも信じられない。彼には銃が効かなかった。何発銃弾を浴びせても、倒れなかったのだ。私と超命寺を除いて、奇襲をしかけた仲間は全員返り討ちに遭った。動揺して逃走した私達を彼は独りで追撃した。それから私達は死に物狂いで戦い、最終的に私は相討ち覚悟の突撃を決行した。その後の事は……分からないのだ。とにかく私達は重傷を負いながらも生き残った。唯一詳細を知っているはずの超命寺は何も語りたがらない。あの時、何があったのか……」


 つまり所長は途中で気絶して、その後の事は超命寺しか知らないって訳か……。


「そのアンカーソンって人はアメリカの?」

「十中八九、米軍人だろう。もしかしたら英軍人だったかも知れないが……。アンカーソンは戦場でフォビアに目覚めたのか、それとも米軍か英軍にフォビアを軍事利用する技術が既にあったのか、個人的には前者だと思う」


 もしかして超命寺は本格的にフォビアを軍事利用する時代が来ると予想していた? だから日本もフォビアを利用する必要があると?


「戦後、本土に帰還した私達は、衛生保健省の軍事保護院の世話になった。フォビアの治療のためだ。そこでフォビア研究をしていたF機関の上澤大生先生……上澤珠樹くんのひいお祖父様と出会った。それから私達は共に被験者兼研究者としてフォビアの解明に取り組む事になったのだ。その関係で不死同盟とも知り合った」

「いつC機関とF機関に分かれたんですか?」

「F機関内で派閥の対立があった。一つは上澤先生の派閥。フォビアに苦しむ人の治療を目指す。もう一つは旧軍の思想を色濃く受け継いだ派閥。フォビアの超克と利用を目指す。超命寺はこちらの派閥に移った。研究者としての実績は上澤先生が圧倒的に上だったが、旧軍系の派閥は衛生保健省の元軍人の官僚に働きかけて、新たにC機関を立ち上げた。1959年の事だ。その真意を米軍に見抜かれない様に、C機関は自衛隊との接触を徹底的に避けた。まだ反米の機運が残る時代の事だった。あれから時代は変わったが、C機関の本質は今も変わっていないだろう。P3という計画の裏には、そういう背景がある」


 C機関は僕が思っていた以上に危険な組織じゃないか? それでもF機関がC機関と敵対する道を選ばなかったのは何故なんだろう?


「C機関を放っておいて良いんですか?」

「政府がその有用性を認めている以上、どうにもならない。それが現実だ。私達には政治力も武力も足りない」


 それもそうか……。C機関もF機関も国の支援があって存続している。不死同盟の政治力を頼ろうにも、超命寺もその一員な訳だし。


「多倶知以前にも人為的に作られたフォビアっていたんですか?」

「いたと思う。いくつかの計画は事前に察知して介入できたが、全てを止められたとは思わない」


 話の途中で、僕は何となく裕花の方を見た。裕花は慌てて下を向いて、僕から視線を外す。その反応が僕の心に小さな疑念を抱かせた。


「……もしかして、僕がフォビアに目覚める事を知っていたんですか?」


 答えが返って来るまで間があった。短いけれど、重い意味を持つ間。

 所長が答える。


「可能性は認識していた。だから……C機関に先を越されない様に、裕花を君の監視に付かせた」


 続けて裕花が謝る。


「ごめんね、ゆーくん」

「いや、謝らなくてもいいよ」


 寧ろ、あの時の裕花の態度に納得が行った。幼馴染は幼馴染だけど、僕が引きこもってから急に親しくなったと言うか、よりを戻しに来たと言うか、そんな感じだったから実は不気味だった。裏があって逆に安心したよ。

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