C機関とF機関
1
三月二十五日、世間的には春休みらしい。この日、僕は上澤さんに呼ばれて、所長室に行く事になった。
そう言えば、そんな話もあったなぁ……。もう一月は前の事だったから、すっかり忘れていた。今の今までウエフジ研究所の所長には会った事もなかったけれど、一体どんな人なんだろう?
僕は興味半分、緊張半分で所長との対面に臨む。
上澤さんに連れられて、僕は所長室の前へ。
入室前に上澤さんから一言だけ忠告がある。
「くれぐれも失礼のない様に」
「はい」
かなり偉い人なのかな? 所長だから偉いのは当たり前だろうけど。でも……失礼な事をするつもりは全然これっぽっちもないんだけれど、こういう時の「失礼のない様に」って、どういう意味なんだろう? 単なる決まり文句なのか、それとも上澤さん以上に敬意を払えって事なのか?
普通、よく知りもしない大人の人と会うのに、失礼な事はできないよ。もしかして偉さのレベルが他の人とは違うとか? 大企業の社長とか、国務大臣とか、官僚でも上の方の人とか、そういうレベル?
あれこれと考えている間に、上澤さんは所長室のドアをノックする。
「所長、上澤です。宜しいでしょうか?」
「どうぞ」
いよいよ入室だ。僕はお腹に力を入れて姿勢を正し、呼吸を整えて足を踏み出す。
僕は上澤さんに続いて所長室に入室する。
所長室の広さはそこそこ。左手にはテーブルとソファが、右手にはデスクがある。内装も含めてどれも高級そうではあるけれど、
所長はデスクについているけれど、顔が包帯で覆われている。
……第一印象を一言で言うなら、怪しい。だけど僕は所長よりもデスクの側に立っていた人物に注目した。
「……裕花?」
「久し振り、ゆーくん」
「何でここに?」
混乱する僕に所長が話しかけて来る。
「初めまして、だな。篤黒勇悟くん……いや、今は向日衛くんだったか」
「あっ、ええ、はい」
僕は動揺を隠せずにおたおたしてしまう。しまった。所長の前だった。
それにしても意外と声が若いな。裕花とどんな関係なんだ?
「私がここの所長の
「孫ぉ!?」
裕花が所長の孫だって!? 僕は思わず声を上げてしまった。
いや、待てよ。所長は不死同盟の一員だったって話が……。
僕の頭はますます混乱する。そんな事ってあるのか? 僕の幼馴染がF機関の所長の孫? 何という偶然なんだ。それとも……もしかして偶然じゃないのか?
僕が立ち尽くしていると、上澤さんが後ろから僕の背中を小突く。
「向日くん、失礼のない様にと」
「あっ! ああ、ええと、その、失礼しました」
慌てて頭を下げる僕を見て、所長はクックックと声を抑えて笑った。
「いや、失敬、失敬。驚くのも無理はない。話すと長くなるんだが、そうだね……。私もまだ心の準備ができていない。それでも君には話さなければいけないんだろう」
何の事を言っているんだろうと僕が思っていると、所長は笑うのをやめて真剣な声で語り始めた。
「今日ここに来てもらったのは、ただ挨拶のためだけではないんだ。君のクラスメイトだった多倶知選証という超能力者について、私の知る限りの事を話したい」
「多倶知!?」
「多倶知選証は人為的に作られたフォビアだ。国の極秘計画『P3』によって。P3の責任者は
僕は自分でも意外なくらい冷静に、所長の発言を受け止めていた。
以前、日富さんが「C機関については分からない」と言っていたからだろうか? でもC機関を疑っていた訳じゃない。今の今まで、そんな事はすっかり忘れていた。たった今、ようやく思い出したんだ。
だから、感情が追い付いていないと言うべきなのかも知れない。
「……C機関が多倶知を?」
「違う。P3は国の計画だ。超命寺と、当時の公安C課の課長と、国家衛生保健省保護院長の三者で組み立てられた。人為的に国家に貢献するフォビアを養成する目的で」
「国家に貢献……とは、一体……?」
「一つはフォビアの軍事利用。私も超命寺も、超能力解放運動のバイオレンティストの様な『フォビアの究極』を知っていた。国はこれを外国への攻撃や自国を防衛する手段になり得ると考えた。もう一つはフォビアによる人民統制。これは多倶知選証の例を見れば、言うまでもなかろう」
まだ僕の感情は動かない。怒りも悲しみも何もない。僕の心は急激なショックで死んでしまったんだろうか?
どう反応すれば良いのか、僕はただ迷っている。
「どうして多倶知が……?」
「フォビアが発現し易い人間は、脳波を検査すれば分かる。衛生保健省は一部の保健機関による新生児の健康診断に、その検査を潜り込ませた。その結果、適性の高かった多倶知選証が計画の対象になったんだろう」
多倶知が言っていた事は本当だった。でも、だったらどうして……。
「どうして国は多倶知を野放しにしてたんですか? 自分達が計画して生み出したというなら、どうして……」
「フォビアの影響を受けた者は、比較的高確率でフォビアに目覚める。私達はこれを『触発的覚醒』と呼んでいる。フォビアの適性を持つ若齢者は1~5%、つまり標準的な30~40人の一学級に一人ぐらいはいる計算になる。だが、その全員がフォビアに目覚める訳ではない。フォビアには強烈な恐怖の記憶が必要だからだ。P3は大量のサンプルを確保するために、寧ろフォビア発症者を抑制しない方針だった。より自然に多くの者をフォビアに接触させれば、それだけ発症者が増える。フォビアの保護を目指す私達とは対極だ」
「そんな事のために……」
僕はようやく自分の中で怒りの感情が膨れ上がるのを自覚した。
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