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ブラッドパサー、ハイフィーバー、ワースナーの三人の本名はそれぞれ
三人は全員、研究室の地下二階で監禁……じゃなくて、収容……でもなくて、保護されている。三人共、一応は日富さんに心を読まれて、今は危険な思想を持っていないと分かっている。
だったら、どうして解放運動なんかに入っていたのかって事なんだけど……。その事について三人は、国の機関に捕まったら刑務所の様な暮らしをさせられると思い込んでいたらしい。フォビアは精神病として扱われるから自由なんか与えられないと。
気持ちは分からなくもない。僕は実害のないフォビアだったけれど、これが大勢を巻き込む様な危険なフォビアだったら、今頃どうなっていたのか……。多分だけど、制御できる様になるまで、地下に閉じ込められていただろう。つまり三人の想像は、
三人の内、友地さんと古住さんは自分の意思で、ある程度フォビアを制御できる。だから本来は寮に移っても良いんだけど……。元は敵同士だったのに、すぐに仲良くする事は、お互いに難しいみたいだ。こちらも、あちらも。
そこで三人が本当にフォビアを制御できているか、敵意を持っていないか、僕が間に入って確認する事になった。何かあった時に僕一人では対応が難しいから、常に他の人が誰か一人は付くけれど、その事で他の人達も三人の人となりを知れる訳だし、悪い事ではないと思う。
三月十三日、その日は初めて元解放運動の三人と一緒に外出する日だった。付き添いは僕と初堂さん。
そろそろ暖かくなり始める季節だけど、まだ風は少し冷たい。取り敢えずは、久遠ビルディングの一階の正面玄関前で集合。僕が最初に来て、その次に初堂さん、それから元解放運動の三人が合流した。
出かける前に、僕は三人に尋ねる。
「今日は初めての三人揃っての外出ですけど、どこか行きたい場所とか……決めてありますか?」
三人は顔を見合わせた。その中で古住さんが代表して僕に答える。
「市内のE百貨店に行こうと思う。ここの売店では買えない物を買っておきたい」
「分かりました。では、行きましょう」
僕達はビルを出て、最寄りのバス停に移動する。
移動中、友地さんが僕に聞いて来た。
「その、今日は二人だけなのか?」
「二人?」
「君と……そこの彼女と。俺達が脱走するとは考えないのか?」
ああ、見張りが二人で大丈夫かって話をしてるんだな。
「脱走するつもりなんですか?」
「いや、そうじゃないんだが……」
僕は初堂さんのフォビアの事を話そうかどうか迷った。今回、付き添いと言うか監視が二人だけでも大丈夫なのは、初堂さんのフォビアが強力過ぎるからだ。
フォビアを無効にする僕がいなくなると、初堂さんのフォビアが発動して友地さんと古住さんを殺す……とまでは行かなくても、危険な目に遭うだろう。逃げ出しても同じだ。
だけど初堂さんとしては、他人に自分のフォビアを勝手に言い触らされたくはないだろう。僕は曖昧に濁して忠告だけしておく事にした。
「逃げたら死にますよ」
「……は?」
「死にます。脅しでも何でもないです。死にます。だから逃げないでください。そういう素振りも見せない方が良いです。本当に」
「いや、逃げないよ。殺されたくはないし」
友地さんはかなりショックを受けたみたいだった。強く言い過ぎたかな? でも、言っておかないと、どうなるか分からないからなぁ……。
友地さんも古住さんも急にきょろきょろと辺りを警戒し始める。他に監視が付いていると思ったのかな? 例えば、公安の人達が遠くから見張っていて、逃げ出したら狙撃するとか考えたのかも知れない。
「大丈夫ですよ。監視されてる訳じゃありません」
どういう事かと友地さんと古住さんは訝しげな顔をする。
そんな二人を見かねたのか、初堂さんがぼそりと言った。
「私のフォビアが殺します」
友地さんと古住さんは一瞬で青ざめる。……まあ、フォビアで殺すと言われたら、こんな反応にもなるだろう。
初堂さんはにやりと笑って続ける。
「大丈夫ですよ? あなた達が逃げ出したりしなければ」
脅迫にしか聞こえないんだけど、初堂さんとしては必要以上に怖がる事はないって言うつもりったんだろう。完全に逆効果だけどね。
以降、友地さんと古住さんはずっと僕の側を離れなかった。
僕達五人はバスでE百貨店まで移動する。E百貨店は人が多いから、逃げ出そうと思えば逃げ出せそうだけど、友地さんと古住さんにその気配は全くない。それどころか少しでも逃げ出したと疑われてしまう事がない様に、必ず僕と初堂さんの視界内に留まっている。
それから僕達は百貨店の中を上の階から順番に見て回った。勿論、五人揃ってだ。
二時間後……元解放運動の三人全員が買いたい物を買い終えて、さてウエフジ研究所に帰ろうとしたところ、僕は店内のホワイトデー特設コーナーを見付けた。
今年は結構バレンタインチョコをもらったから、たとえ義理でもお返しをしなければいけないだろう。吉谷さんの売店で買って済ませようと思っていたけれど、せっかくだからここで買って行こうかな。
そんな気持ちになって、僕は四人を呼び止める。
「ちょっと待ってください。あそこに寄って行きたいんですけど」
大きな字で堂々と「ホワイトデー」と書かれた特設コーナーを指すと、全員納得した様な顔で頷いてくれる。僕一人で行っても良かったんだけれど、何だかんだで全員一緒に行く事に。
特設コーナーには数百円程度のお手頃な価格のお菓子もあれば、二千円、三千円、五千円……どんな高級食材が使われているんだろうと思うくらい、高い値段で売られている物もある。
僕が並べられた商品を見ていると、友地さんが横から話しかけて来た。
「彼女でもいるのか?」
「いや、いませんよ。義理です、義理返し」
「いくつ買うんだ?」
「九つです」
「へー、成程?」
「一つは親に贈りますし、他のも職場で配るんで」
「若いのに大変だな」
「いや、そんな事は……」
僕は安めのセットを九つ買った。小さい箱を四つと大きい箱を五つ。
その様子を見ていた初堂さんが、ぽつりと言う。
「私も向日くんにチョコあげれば良かったかな」
「それじゃあ、一個あげますよ。店員さん、済みません。もう一個お願いします」
僕は初堂さんにその場で一つ渡して、追加でもう一つ小さいのを買った。
その場で小さい箱を受け取った初堂さんは、目を見開いて固まっている。そんなに驚かなくても。
「あっ、あの、でも私、今年は何も……」
「そんなの気にしませんよ。これからも宜しくお願いしますって事で」
「あああ、ありがとうございます! 来年は必ず、必ずお返ししますから!」
初堂さんは急に畏まって深く頭を下げた。
大袈裟だなぁ……。そこまで感謝されると困ってしまう。
そんな僕達の横で、古住さんが窯中さんに尋ねる。
「ところで窯中も欲しいか?」
「別に……。そういうのを期待した事はないです」
「そうだよな。俺達、そういう関係でもないし」
「『欲しい』って言ったら、くれるんですか?」
「まあ……でも、要らないんだろ?」
「そうですね」
もっと仲間意識があると思ってたんだけど、この三人って個人個人はそんなに親しくもないんだな。仲良しグループじゃないって事か……。
そんなこんなでE百貨店を後にした僕達は、再びバスに乗って研究所に帰る。
はぁ、何事もなくて良かった。
久遠ビルディングに帰り着いた僕達は、ビルの一階で解散。余談ではあるけれど、ホワイトデーのお返しはそれなりに好評だった。
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