元気を出して

1

 二月の末、僕は本当に久し振りに、芽出さんと勿忘草さんの二人と一緒に、三人で外出した。これまでは子供達や他のフォビアの人達と一緒だったから、この三人で外出するのは……半年以上前になるかな。

 降雪が少ない地方だけれど、まだまだ寒い季節。芽出さんも勿忘草さんも厚着だ。僕もパーカーの上にジャンパーを重ね着した。外に出れば、冷たい風が吹き付ける。

 僕は芽出さんに尋ねる。


「今日はどこに行くんですか?」

「あのね、レナがどうしても一緒に行って欲しい場所があるって」


 そう言って芽出さんは勿忘草さんに視線を送った。

 勿忘草さんはちょっと赤くなって目を伏せる。


「その……市の南にあるM灯台って知ってますか?」

「はい、知ってますよ。余り行った事はないですけど、どこにあるかぐらいは。そこに行くんですか?」

「はい」


 灯台か……。本人が行きたいって言うなら行くけれど、何かあったかな? そんなに名所って訳でもないのに。


 僕達は途中までバスに乗って、それから徒歩でM灯台に向かった。

 M灯台も灯台だから当然海沿いにある。だけど少なくとも観光名所ではない。僻地にある訳でもないのに、余り人が立ち寄らない場所だ。普段は灯台内部が公開されていないから、当たり前と言えば当たり前なのかも知れない。

 どうして勿忘草さんは、そんな所に行きたいんだろう?


 僕達は灯台の前まで来たけれど、今は公開時期じゃないから入れなかった。扉が固く閉ざされている事を確認した勿忘草さんは、残念そうな顔で言った。


「入れないみたいです。海辺に行きましょう」


 僕達は近くを通るバイパスの下を潜って、海岸に出る。快晴にもかかわらず、初春の海は強風で大荒れだ。芽出さんと勿忘草さんは乱れる髪を手で押さえた。

 白波がうねり、広い砂浜の半分まで波が押し寄せる。直立するのも難しいぐらい風が荒れ狂っていて、ぼーっとしていると飛ばされそうだ。


「私、海を見るのが好きなんです! 海を見てると、心が落ち着くんです!」


 勿忘草さんは芽出さんに掴まりながら、大きな声で言った。でもババババババと風の音がうるさくて、聞き取るのにも苦労する。


「本当は! 本当は、向日くんにも元気になって欲しかったんですけど!」

「はい!」

「ちょっと今日は天気が悪かったですね!」

「そうですね!」


 大風の中でお互いに声を張って会話。近くにいるのに普通の会話をするのにも苦労する状況がおかしくて、僕は半笑いになる。


「皆、皆、向日くんの事を心配してたんですよ! 今までもずっと! 皆、向日くんが暗い顔してる時は、どうにか元気になって欲しい! 元気にしてあげられないかって思ってたんです!」

「そうだったんですか!? 何か済みません!」


 僕は上手くごまかしているつもりだったけど、周りの人にはバレていたみたいだ。知らなかった。申し訳ない気持ちになる。


「謝らなくていいです! 誰でもつらい時があります! 元気になるもならないも、自分の心です! 他人がどうこうできる物じゃありません!」

「そうですけど!」

「私が言いたかったのは! 皆、向日くんを大事に思ってるって事です! 向日くんは一人じゃないって事です! 悩んだり、落ち込んだりしてもいいです! でも……それだけは忘れないでください!」

「はい! ありがとうございます!」


 強い風の中で大声を出したせいか、ちょっと気分がスッキリする。

 勿忘草さんの表情を窺うと、言いたい事を言い切ったという感じで、さわやかな笑顔を浮かべていた。……こんな風にニコニコ笑う勿忘草さんは初めて見た気がする。


「うーーーーみーーーーよーーーー!!!!」


 勿忘草さんは海に向かって大声で呼びかける。普段の様子から、もっと大人しい人かと思っていたけれど、そうでもないみたいだ。

 続けて芽出さんも海に向かって叫ぶ。


「おーーーーーーい!!!!」


 それから二人は視線を僕に向けた。無言の圧力に負けて、僕も海に向かって叫ぶ。全力で息が続く限り。


「わぁーーーーーーーーーー!!!!」


 僕達の大声は強風に吹き飛ばされて散って行く。

 酸欠で頭がくらくらする。だけど、気分が良い。大声を出すとストレス発散になるっていうのは本当なんだな。


 それから僕達はしばらく強風に吹かれながら、三人並んで荒れる海を眺めていた。


「寒い! そろそろ帰ろう!」


 芽出さんの言葉に、僕も勿忘草さんも頷く。バイパスを潜って街に入ると、いくらか風も和らいで来た。

 きっと勿忘草さんは僕が落ち込んでいると思って、励ましてくれたんだろう。自分がどれだけ落ち込んでいる様に見えていたのか、僕自身には分からないけれど。

 僕は自分で思っているよりもクールじゃないし、強くもないんだろう。

 僕は一人でいる訳じゃない。今日はそれを深く心に刻んだ。





 ――その夜、僕はとても嫌な夢を見た。

 あのM灯台の上から、アキラが飛び降りる夢……。夢の中の僕は現在と過去の区別ができなくて、ただ混乱するばかりだった。

 飛び起きれば、もう朝……。僕に浮かれるなと忠告しているんだろうか? いや、夢は夢だ。オカルトに惑わされちゃいけない。

 ああ、アキラ……君の事は忘れてなんかいない。だけど、生きる希望を持つ事を許してくれ。僕は誰かのために生きたいんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る