2
とにもかくにも、バイオレンティスト暗殺作戦は無事に成功した。解放運動もこれで終わりだ。でも……僕の心は晴れない。今の曇り空みたいに、暗く閉ざされて重苦しく澱んでいる。
死体の処理は公安が応援を呼んでやると言う。僕達は先に車で帰る事になった。
上澤さんが気落ちしている僕を気遣って、声をかけてくれる。
「君はよくやってくれた」
「よくやった? よくやったって何ですか? 何がよくやったなんですか……」
だけど、僕の心は一層落ち込む。顔は半笑いで力のない溜息が漏れる。
上澤さんは少し困った顔で答えた。
「今回の作戦の事だよ」
「……人を殺して、よくやったはないでしょう」
人を殺して褒められるのは、軍隊とか死刑執行人ぐらいじゃないだろうか? 僕はどっちにもなった覚えはない。
本音を言えば、誰にも死んで欲しくなんかなかった……。いや、バイオレンティストについては僕が殺したも同然だ。綺麗事を言うのはやめよう。僕はバイオレンティストなら死んでも構わないと思っていた。それは事実だ。
僕は自分自身に失望している。今の僕の気持ちを隠さずに言おう。
「今まで僕は、僕のフォビアは人を助けるためにあるんだと思っていました。向日衛……上澤さん、あなたが付けてくれた名前です。無効、守る……」
「……悪かった」
上澤さんは小声で僕に謝った。
ああ、良くない。上澤さんを責めるつもりはないんだ。
「上澤さんが謝る事はありません。守れなかったのは僕が無力だからです。そういうフォビア……だから、しょうがないんでしょうか……?」
「しょうがなくはないさ」
「それじゃあ未熟な僕が悪いって事になりませんか」
上澤さんは黙り込んでしまった。
これも良くない。何だか愚痴ってるみたいになった。言い方が悪かったとは分かっていても、上手な言い回しが思い浮かばない。どうやってフォローすれば良いのかも分からない。
この何とも言えない気まずい空気を嫌ったのか、上澤さんは話題を切り替えた。
「皆、疲れたと思う。今日はゆっくり休んでくれ」
「はい」
全員が銘々に肯定の返事をする。
その後で上澤さんは僕だけに言った。
「向日くん、明日大事な話をしよう。聞いてくれるね?」
「はい」
気を遣わせてしまっただろうかと、僕は申し訳ない気持ちになる。大事な話を断る理由も無いので、僕は素直に頷いた。
ウエフジ研究所に帰り着いたのは夕方の事。
研究所としては、地下の保護施設に新たに一人、ブラッドパサーが加わった。ただそれだけの変化。だけど、僕にとっては……。
それでも僕は立ち直る。こんな風に落ち込むのは今だけさ。
翌日、僕は日富さんのカウンセリングを受けた後で、上澤さんの話を聞きに、副所長室に向かう事になった。
まずカウンセリングの前に日富さんは僕に言う。
「昨日は大変でしたね」
「はい、まあ」
一晩経って僕の心はいくらか落ち着いていた。もう過剰反応はしないと思う。
ただ……少し気分が落ち込んでいる。でも顔には表さない。
日富さんはいつもより時間をかけて僕の心を読んだ後、丁寧にラッピングされた小さな箱を差し出した。
「どうぞ」
「これは……?」
「バレンタインチョコです。一日遅れですけど」
「あっ、どうも」
確実に義理だろうけど、ありがたく受け取る。昨日がバレンタインデーだったとか完全に忘れていた。
「余り一人で思い込まないでください。何もかもがあなたの責任だなんて、そんな訳はありません」
「それは分かってます……けど、僕のせいじゃないってのも違うでしょう?」
僕の反応に日富さんは難しい顔をして考え込んだ。そしてぽつりと零す。
「……本当の事を……」
それから日富さんは何度か何か言いかけたけれど、結局やめてしまった。日富さんは小さく首を横に振って、そっと溜息を漏らした後、目を伏せて改めて僕に言う。
「今日は副所長のお話を聞きに行くんでしょう?」
「はい」
「大事な話をされると思います。しっかり聞いてください」
「それは……当り前じゃないですか」
上澤さん自身も大事な話だって言っていたし、軽く聞き流せる事じゃないだろう。思わせ振りな態度を取るよりも、今日の上澤さんの話について具体的な内容を教えて欲しかった。
それから日富さんは何も言わず、そのままカウンセリングの時間は終わりになってしまった。もう一言か二言ぐらい、昨日の事について突っ込んだ話をされるとばかり思っていた僕は、拍子抜けする。
日富さん、具合が悪いのかな? まあ日富さんも人間だから、調子の悪い日ぐらいあるだろうと、深くは気にしなかった。
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