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 僕はクモ女のフォビアを無効化しようと思ったけれど、このまま一階まで落下させたら大怪我は必至だ。打ち所が悪くて死んでしまったなんて事になったら洒落にならないから、やめておいた。元仲間の二人が説得すると言っているんだから、ここは信じて任せよう。


「追うぞ」


 公安の二人は小さく舌打ちをして、元解放運動の二人の後を追おうとした。

 ところが、二階の廊下から大柄な男が姿を現したので、慌てて足を止めてそちらに拳銃を向ける。

 男の背丈は見上げる程で幅も厚みもあり、離れていても威圧感がある。だらしない服装や乱雑に伸びた髪は、不潔さよりも寧ろ野性を感じさせる。

 こいつがバイオレンティストだ……。僕は一目でそう確信した。


「分断か」


 公安の人の一人が小声で呟く。分断されなくても、友地さんと窯中さんのフォビアは直接相手を傷付けるフォビアじゃないから、戦力になるかは怪しいところだけど、たった三人でバイオレンティストに挑むのは不安だ。

 一気に緊迫した空気になる。余りの緊張のせいか、僕は耳鳴りが聞こえ出した。


「動くな!」

「お前がバイオレンティストか?」


 拳銃を向ける公安の二人の問いかけにも、バイオレンティストは怯まない。何でもない事の様にズンズンと前進を続ける。


「誰がテメエ等の指図に従うかよ! 俺は自分より弱い奴の言う事は、聞かねえ事にしてるんだ! 聞いてやる価値もねえ……」


 チンピラみたいな威嚇吠えで、空気がビリビリと震える。

 僕は自分のフォビアを意識する。こいつはヤバいと本能が告げている。ヤバヤバのヤバだよ。いや本当に。冗談じゃなくて。

 公安の二人は無警告で、バイオレンティストに発砲した。バン、バンと大きな発砲音が吹き抜けに響き渡る。

 バイオレンティストは胸と腹に弾丸の直撃を受けたはずだけれど、止まらないどころか怯みもしない。


「ザコの攻撃は効かねえんだよ!」


 そんなのってアリか!? 自分が格下と認めた相手の攻撃を無効にするって、どんな超能力……いや、そもそも僕のフォビアが効いていない!?

 公安の二人は後退しながら射撃を続ける。二発目、三発目を撃ち込んでも、バイオレンティストは止まらない。やっぱり僕のフォビアが効いてない!


「解ってねえなぁ! 数に頼る、武器を手にする。その時点でテメエが弱者だと白状してんだよ! 一人じゃ勝てない、武器が無きゃ勝てない……ザコの言い訳だわな。弱者は強者である俺に従うんだ!」


 バイオレンティストが凄んだ直後、公安の二人が凄い勢いで吹っ飛ばされ、僕の横に転がる。顔面がぐしゃぐしゃで血塗れだ。

 ど、どうしよう……。恐怖で立ち竦んでいる僕を、バイオレンティストがギロリと睨み付ける。ああ……やばい、やばい。目を付けられてしまった。もう戦えるのは僕しかいない。緊張は最高潮だ。心臓の脈動が全身で反響して、息が荒くなる。

 バイオレンティストは足を止めて、僕に問いかける。


「お前は何だ?」


 そう凄まれても僕は答えられない。恐怖で声が出ない。

 バイオレンティストは僕に向かって、鬱陶しそうに言う。


「邪魔臭えな。失せろ」


 僕はサイコキネシスが来ると思って、素早く両腕を顔の前で交差させて、防御姿勢を取った。

 ……でも、衝撃が来ない。奇妙な間が空く。


「テメエ、何だ? 何を突っ立ってんだ? 失せろっつったよな?」


 バイオレンティストの声は強迫しているのか、困惑しているのか分からない。

 あれ? 僕のフォビアが効いてる? 効くのか効かないのか、どっちなんだ?

 バイオレンティストは舌打ちする。


「そういう事か……! テメエがニュートラライザー! こんなガキが!」


 サーッと血の気が引いたのが自分でも分かる。さっきまで大暴れしていた心臓が、急に大人しくなって、僕は引き攣った笑みを浮かべる。奴に確実に敵と見做されてしまった。これは諦めの笑みだ。


「何がおかしい?」


 バイオレンティストが凄む。

 何もおかしくないです。強いて言うなら、この状況自体がおかしい。僕のフォビアが効くんだか効かないんだか……。

 でも、さっきからバイオレンティストは足を止めている。大声で威嚇するだけで、こっちに向かって来ない。様子を窺っている?

 僕は少しずつ冷静さを取り戻した。作戦の目的を忘れちゃいけない。どうにかバイオレンティストを外に誘い出さないと……。

 僕は密かに深呼吸をして、心を落ち着けてからバイオレンティストに話しかけた。気弱な笑みは自然に消える。


「こんな所で何をしている?」

「何? 俺は邪魔な物を排除してるだけだ」

「何の邪魔?」

「俺の邪魔だよ。ご大層な思想なんか要らねえ! 俺は本能のままに生きるんだ」


 意外と話ができるな? 本能のままと言う割に、そこまで脳筋じゃないみたいだ。

 そう思っていたら、バイオレンティストは僕に問いかけて来る。


「……なあ、どうしてかかって来ないんだ?」


 まずい! こっちからの攻撃手段が無い事を見抜かれてしまった?

 ドクンと心臓が跳ねる。同時に、ガシャンと音を立てて近くの窓が粉々に割れた。心臓が一段と高く跳ねる。

 バイオレンティストが超能力で割ったのか? でも何でそんな事を? 自分の超能力が効いている事を確かめた? ああ、成程。バイオレンティストの超能力が効かないのはって事か……。


「どうやら俺とお前の超能力は互角みたいだな。お互いに効果がねえってところか」


 全然互角だとは思えないんだけど、そう思ってくれるなら都合がいい。

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