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 僕は心に迷いを抱えたまま、暗殺作戦の当日を迎える。

 僕達――僕と雨田さんと復元さん、それに窯中さんと友地さんの五人に加え、更に公安の人が三人と、何と副所長の上澤さんも同行した。僕達は前日からN県内に移動して、当日にG県の解放運動の隠れ家に移動する。

 今日の天気は曇りで、予報では昼前から雨だと言っていた。雨田さんにとっては好都合だ。

 隠れ家までの道案内は元解放運動の二人。山中の細い道路を二台の自動車が走る。一台は公安の人が運転するワゴン車で、公安の人達と窯中さんと友地さんの五人が乗っている。もう一台はウエフジ研究所の乗用車で、復元さんが運転している。乗っているのは、僕と雨田さんと上澤さん。

 山中の道路は余り整備されていないために、ガタガタとよく揺れる。

 僕がバイオレンティストとの戦いを想像して無言でいると、僕と一緒に後部座席に座っている上澤さんが話しかけて来た。


「向日くん、気分でも悪いのか?」

「そうじゃないですけど……」

「やはり怖いか?」

「……そりゃ怖いですよ」


 バイオレンティストも怖いけれど、これから人を殺すというのも怖い。体が小さく震えるのは、悪路のせいでも冬の寒さのせいでもない。そんな僕に上澤さんは、手の平に収まるぐらいの小さなピストルを取り出して見せた。


「これを持っていなさい」

「えっ……」


 ここは日本で、どんな小さな銃でも民間人が無許可で持てば、銃刀法違反だ。それだけ危険な作戦だという事なのか……。

 僕が受け取るのを躊躇っていると、上澤さんは小さく笑う。


「スターターピストルだよ。体育の授業や運動会で見た事がないかな? 『よーい、ドン』のあれだ。ただ音が鳴るだけだから、弾は出ない。何かあったら、これで危険を知らせるんだ。本当にヤバい時に、携帯をいじる余裕なんか無いだろう」

「あっ、はい」


 僕は恥ずかしさと安心感で、赤くなって頷いた。良かった。これでバイオレンティストを射ち殺せって事なのかと……。



 数時間のドライブの末に、僕達は木立のトンネルを潜り抜けて、解放運動の隠れ家に着いた。

 山中の解放運動の隠れ家は、冬でも枯れない常緑広葉樹に囲まれている。一見したところは洋風の大きなお屋敷。窓の数からして、三階建てだろうか? 屋敷の壁には青々とした蔦がびっしりと張り付いていて、遠目からでは全体がよく分からない。

 僕達は車から降りて、屋敷の前に集まる。そこで上澤さんが指示した。


「公安の二人と、元解放運動の二人、そして向日の五人で突入する。残る公安の一人と復元と雨田は私と一緒に外で待機。突入組の役割は、中にいるであろうバイオレンティストを外に誘き出す事だ。頼んだぞ、向日くん」

「……はい」

「バイオレンティストの超能力は、サイコキネシスの一種と見られている。不意打ちにはくれぐれも気を付けてくれ」


 雨田さんは訓練で、ある程度は自分の意思で雷を落とせる様になったらしい。どこまで思い通りに落とせるのかは分からないけれど、とにかくバイオレンティストを屋外に出せば、雨田さんが雷を落として終わりって訳だ。どんなにバイオレンティストが屈強でも、落雷をまともに受けて無事ではいられないだろう。雷が直撃すれば八割の確率で死ぬと言われている。


 僕を含めた突入組の五人は、そろりそろりと慎重に屋敷の中に踏み入った。大きな扉を開けて屋内に進むと、そこは広い吹き抜けになっている。正面には上の階へと続く大階段、左右には廊下が伸びている。

 薄暗く不気味な屋敷のどこをどう探せば良いのか、頼りにできるのは元解放運動の二人だけだ。


「どこから調べる?」


 公安の人の問いかけに、友地さんは少し間を置いて答える。


「地下からにしましょう――」


 その瞬間、友地さんの体がワイヤーアクションみたいに宙に浮いた。クモ女だと直感した僕は、慌ててフォビアで無効化を試みる。友地さんは数m浮き上がってから、床に落ちて来る。


「オオオッ!?」


 四肢を床について衝撃を抑えた友地さんは、すぐに上の階を見上げた。僕達も上を見るけれど……誰の姿も見えない。

 友地さんは一つ深呼吸をすると、僕にお礼を言った。


「ありがとう、向日くん。危ないとこだった」

「いえ」


 十中八九、クモ女の仕業だ。他には考えられない。上の階で僕達を待ち構えているんだろう。

 公安の人達の目配せに、友地さんは頷いて応える。


「上に行きましょう」


 僕達五人はゆっくり大階段を上る。先頭は公安の人、その後ろに友地さん、そして僕、窯中さんと並んで、最後尾はもう一人の公安の人だ。公安の人は二人共、拳銃を構えている。銃の名前までは分からないけど、厳つい見た目のオートマチック銃だ。


 全員が二階の踊場に出た所で、先頭を歩いていた公安の人が足を止める。


「二階を探すか? それとも、まだ上に行くか?」


 友地さんは小さく唸って考え込んだ。

 僕は周囲を見回して警戒する。どこで不意打ちをしかけられるか分からない。見えない所から攻撃されたら大変だ。

 そう思っていると、窯中さんが声を上げた。


「あっ!!」


 ほとんど同時に僕も声を上げる。


「クモ女!」


 クモ女が三階から見えない糸を伝って、ススーッと吹き抜けを高速で下りて行く。

 公安の二人が銃をクモ女に向けて狙いを付けると、友地さんと窯中さんが大慌てで止めに入った。


「待ってください!」

「撃たないで!」


 幸いにも発砲はされない。

 友地さんは続けて言う。


「彼女は俺達に任せてください! 必ず説得します」


 そう言って、友地さんと窯中さんは一階に駆け下りる。

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