暴虐のフォビア

1

 後日、上澤さんから緊急招集があった。会議室に呼び出されたのは、僕と雨田さんと復元さん。僕は猛烈に嫌な予感がしていた。そして、その予感は的中する……。


 上澤さんはいつもの調子で、着席している僕達三人に言った。


「さて、残念な報せだ。向日くん、露骨に嫌な顔をしないでくれ」


 僕は苦笑いで返す。分かっていますよ。分かっています。


「バイオレンティストの事だが、C機関の作戦が失敗した。作戦に参加した一名が、瀕死の重傷だそうだ。そこで私達に協力を要請して来た」


 ははは、やっぱりね。

 余りにも予想通りで、脱力感の混じった変な笑いが込み上げて来る。過度のストレスで感情がおかしくなったみたいだ。


「嬉しそうだな、向日くん」

「そんなんじゃありませんよ……。いや、本当に。くっくっくっ……」


 雨田さんも復元さんも怪訝な目で僕を見る。

 完全にハイフィーバーの友地が言った通りになってしまった。僕の意思なんてお構いなしに。誰かに仕組まれているんじゃないかという気になって来る。こういうのをと言うんだろうか?

 笑いの止まらない僕に構わず、上澤さんは続けた。


「対バイオレンティストの作戦は公安と共同で行う事になるが、C機関から君達三人を直接指名された。一応だが、意思を確認しておくぞ。どうしても絶対に嫌だと言う者はいるか?」


 雨田さんと復元さんは真剣な表情になる。

 ……誰も嫌だとは言わない。僕は本音では凄く嫌だったけれど……約束は約束だ。それにわざわざ指名されたという事は、僕のフォビアが必要だという事。嫌だ嫌だと言って逃げ出す訳にはいかない。

 僕はようやく笑いが止まる。はぁ……やるしかない。はらを決めよう。


「作戦についての詳細は追って伝える。私の話は以上だが、何か質問はあるか?」


 上澤さんの問いかけに、僕は一つ尋ねた。


「重症を負った人っていうのは誰なんですか?」

「教えても構わないが、名前を言って分かるのか?」

「分かるかも知れません」

「『拳』と言うんだが」

「もしかして拳のフォビアの人ですか?」

「そうだが……ああ、成程。クモ女保護作戦で面識があるんだったな」


 あの人がやられたのか……。

 知っている人が瀕死の重傷と知って、僕は心配する。


「重傷って、何がどうなったんですか? 具体的には……」

「顔面の複雑骨折だ。もしかしたら再起不能になるかも知れない」

「そんな……」


 過去に何度か会って数時間一緒に行動しただけで、別に仲が良かったって訳でもないんだけれど、味方だったから仲間意識はある。一方で「仇を取ってやる」と燃える気持ちにはならない。

 僕は冷淡な人間なんだろうか? それとも……奴が怖いんだろうか? 僕は自分の心が分からない。



 更に数日後、上澤さんからバイオレンティスト作戦の詳細が、携帯のメールで報された。実行は二月十四日。

 僕は何よりも「暗殺作戦」に驚いた。保護や捕獲じゃない。公安も関係する半分公的と言っても良い様な作戦で、堂々と「殺す」と言っているに等しい。それだけバイオレンティストが危険人物だって事なんだろうけど……。

 暗殺作戦には元解放運動の窯中さんと友地さんも同行するとの事だった。


 決行日の数日前、僕は二人からの要望で、作戦前に面談する機会を作った。

 面会室で僕は二人と話し合う。今回は上澤さんの付き添いは無しだ。


「まずは、来てくれてありがとう」


 最初に口を開いたのは、友地さん。怪我は治りつつあるのか、顔のガーゼは片頬を覆う程度にまで小さくなっている。


「もう知ってると思うが、俺と窯中も作戦に同行する事になった」

「はい」

「俺達の役割はクモ女とブラッドパサーの説得だ。二人の対処は任せて欲しい」

「はい」

「……バイオレンティストについては君達に任せる事になってしまう。済まない」

「まあ、しょうがないですよ」


 申し訳なさそうに謝る友地さんに、僕は慰めの言葉をかける。

 友地さんは勇気があると思う。決して弱虫だとは思わない。バイオレンティストの元から逃げ出して、敵対しようとしているんだから。それに今までの自分の非を認めて改める事は、とても勇気がいる事だ。

 でも僕の心はこの期に及んでもまだ不安定だ。戦いたいのか戦いたくないのかも、よく分からない。

 そんな僕に友地さんは言う。


「忠告がある。向日くん、バイオレンティストを前に躊躇しないでくれ。殺すつもりで戦ってくれ」

「そんな事を言われても、僕のフォビアじゃ人を攻撃する事はできませんよ」

「分かってる。だけど、もしかしたら……機会があるかも知れない。許そうとか助けようとか考えなくて良い。生き残りたいと思うなら、そうしてくれ」


 友地さんは真剣に僕の事を心配して言ってくれているんだろう。

 だけど、殺すなんて……。暗殺作戦なんだから結局は殺すんだろうけど、僕は自分の手を汚す覚悟ができていない。本音を言えば、人殺しのためなんかに僕のフォビアを使いたくない。それは甘えだって言うのか……。

 思い悩む僕に、今度は窯中さんが言う。


「私はバイオレンティストを知らないので、アドバイスとかできないですけど……。気を付けてください」


 僕は頷く事しかできなかった。

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