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 それから一週間後、思いがけない事が起こった。解放運動の一人、ハイフィーバーが警察に自首して来たんだ。ハイフィーバーは警察の事情聴取を受けた後、F機関に送られた。そして今は窯中さんと同じ様に、久遠ビルディングの地下二階に留置……じゃなくて保護されている。

 ハイフィーバーの本名は友地ともち晴日はるのひ

 僕はハイフィーバーの友地から、個人的に会って話がしたいという要請を、上澤さんを通じて受けた。断る理由は無い。僕も色々と聞きたい事があったから、ちょうど良いと思って了解した。



 僕と友地の話し合いは一対一じゃなくて、上澤さんが付き添う形で行われる。

 面会室の中で一枚の強化ガラス挟んで、僕と友地は向き合った。僕の横には上澤さんが座っている。

 僕は友地の姿を直接見て第一に、顔面の左半分を覆い隠す様にガーゼが貼られている事に驚いた。少なくとも以前は、こんな大怪我は負っていなかったはずだ。一体何があったんだろうか?

 友地は上澤さんに視線を送って、不満そうに言った。


「席を外してもらえるとありがたいんですが」


 ガーゼのせいで話し難そうだ。本当は不満に思っている訳じゃないのかも知れないけれど、ふて腐れて見える。


「そうはいかないよ。デタラメを吹き込まれても困る」

「嘘なんか言いませんよ」


 上澤さんにそう言い返された友地は、小さく溜息を吐いて、改めて僕と向き合う。


「君がニュートラライザー……で、合ってるんだな?」

「そう呼ばれているらしいですね」

?」

「僕が名乗ってる訳じゃないですから。僕は向日衛です」

「そうなのか? まあ良い。俺の話を聞いてくれ」


 友地は大きな溜息を吐いて、短い間を置いてから話し始める。


「単刀直入に言おう。俺の仲間を助けて欲しい」

「助ける?」

「知朱――そちらにはクモ女の方が通りが良いかな? クモ女は復讐心に駆られて、とんでもない化け物を呼び起こしてしまった」

「……それって、バイオレンティストの事でしょうか?」

「知ってるなら話が早い。どうにか奴を止めてくれ。この顔も奴にやられた」


 真剣な頼み事だった。

 僕は……きっと嫌な顔をしていたんだろう。友地は申し訳なさそうな態度で言う。


「虫の好い話だとは思っている。だが、だけは野放しにしておく訳にはいかないんだ。解放運動は解散する。だから、どうか……」


 視線を伏せて頭を下げる友地に対して、上澤さんが冷静に指摘した。


「君がリーダーだという訳でもあるまいに」

「解放運動は俺を含めても、三人だけしか残ってないんです。俺が責任を持って解散させます。説得します」


 僕には不可解だった。

 バイオレンティストはそれ程の危険人物なんだろうとは思うけれど、どうして僕を頼るんだろうか? 僕は確かに超能力を無効にできる。だけど、ただそれだけの普通の人間だ。


「どうして僕に……」

「バイオレンティストをどうにかできるとしたら、超能力を無効にできる君以外にいないんだ。俺はそう信じてる」

「信じられても困ります。僕じゃなくても……」


 正直、僕は怖い。バイオレンティストは超能力なんか使えなくても、僕なんかより力が強いだろう。素手で銀行のレジやATMをぶっ壊して、現金を強奪できる怪力の持ち主だ。ちょっと格闘術を身に付けたぐらいの僕じゃ勝ち目はない。師匠の五島さんも言っていた。明らかに体格で勝る相手との戦いは避ける事と。

 いや、計画的に警察とか公安の人と連携すれば、勝てない事もないんだろう。それでも……あれと正面から当たりたくはない。多倶知とは別の意味で、まともじゃない人間だ。人間らしさを装おうともしない。話し合いが一切通じないタイプの恐ろしさを感じる。勝手な願いだけど、僕の知らない内にC機関や公安の人達が片付けてくれるとありがたい。


「バイオレンティストを倒して、クモ女とブラッドパサーを助ける。それができるのは君しかいない」

「だから……何で僕なんですか?」


 僕の疑問に上澤さんも同調する。


「その通りだ。何も彼みたいな子供に頼らなくても良いだろう」

「バイオレンティストの超能力は、それ程に強力だという事です。ただの超能力者とは違う……狂信的な信念と言うか、信仰心と言うか……それがあるから、……」


 上澤さんは偽情報を掴まされる事を警戒していたみたいだけれど、友地の反応は普通じゃなかった。拳を固く握り締めて、全身を震わせている。

 ……そんな恐ろしい化け物と僕を戦わせようって言うのか? 僕だって怖い物知らずって訳じゃないんだぞ。僕を何だと思ってるんだ?

 内心で僕が不満に思っている一方で、上澤さんは友地に尋ねた。


「具体的に言ってくれ。超能力を超える超能力とは?」

「……心理を超えて、物理に干渉する以上に……。まるで…………。言葉での説明は難しいです……。会ってみれば、分かる……」


 それで友地は黙り込んでしまった。


「言いたい事はそれで終わりか?」


 上澤さんの突き放す様な冷淡な言い方に、友地は小さく頷いた。

 それを見届けた上澤さんは、僕に振り向いて聞く。


「向日くんからは何かあるかな?」

「その……」


 話を聞く前まではあれこれと聞きたいと思っていたのに、思いがけない頼み事をされたせいで、全部頭から抜け落ちてしまった。

 はぁ、何だったかな……。あ、思い出した。


「解放運動の活動をやめて、その後はどうするつもりなんですか?」

「分からない。そんな事を考える余裕は無かった。とにかく奴から仲間を引き離す事が先だと思った」


 それだけ切羽せっぱ詰まった状況だったって事だろうけど……。


「他の二人はどう思ってるんですか? やっぱりバイオレンティストから離れたいと考えてる?」

「少なくともブラッドパサーはそう考えている。知朱……クモ女は……復讐で周りが見えなくなっている。ブラッドパサーはクモ女を守るために残った」

「復讐って、クモ女は誰に復讐したいんですか?」

「それは……分からない。色んな事が起こり過ぎて、あいつも訳が分からなくなってるんだと思う。カルトを利用する計画が失敗して、吸血鬼が死んで、生駒が制定者を裏切って……。その生駒が死んで、最後に頼ったバイオレンティストは頭のおかしい狂人で……短い期間で何もかもが狂った。積もりに積もった恨みや不満を、誰にぶつけて良いのか分からないんだ。きっと」


 全ては解放運動なんかに加わったクモ女の自業自得ではあるけれど、だからって納得して引き下がれるなら、今こんな事になってはいないか……。今更引っ込みが付かないって気持ちは分からなくもないけどさ。

 僕は他にも聞きたかった事を思い出す。


「バイオレンティストと解放運動は、どういう関係なんですか?」

「解放運動はバイオレンティストを切り札……と言うか、どうしようも無くなった時の最後の手段として使うつもりだった」

「今がその時って事ですか」

「……まあ、そういう事だ。八方塞がりになった俺達は制定者の遺言に従って、バイオレンティストを目覚めさせた」

「『目覚めさせた』って、どういう意味ですか?」


 文字通り眠っていたんだろうか? 眠り姫……って言い方は変だな。三年寝太郎? 冷凍睡眠していたのを起こしたとか?


「バイオレンティストはG県のN県側の山中にある、解放運動おれたちの隠れ家で静かに暮らしていた。『時が来た』という合言葉を待ち続けて……」


 危険人物をどうやって匿っていたのか、どうやって連絡を取ったのか不思議だったけれど、ただ隠れ住んでいただけか? 素直に言い付けを守って何年も大人しくしていたんなら、僕が思っている程はヤバい奴じゃないのかも知れない。


「バイオレンティストは合言葉を言われるまで、ずっと待ってたんですか?」

「制定者のフォビアがあったからだ。制定者はルールを創る。バイオレンティストは暴れたくても暴れられない状態にあった。だが、鎖は解かれた……」


 僕は返す言葉を失った。

 つまり全然言う事を聞かないから、フォビアを使ってようやく封じたという事だ。そんな獣みたいな奴と戦わないといけないのか……。いや、まだ僕が戦うと決まった訳じゃない。

 そうやって自分を落ち着かせようとする僕に、まるで友地は釘を刺す様に言った。


「頼む、ニュートラライザー」

「……もうバイオレンティストを止める戦いは始まっています。僕の出番があるとは限りませんよ」

「それなら……『もしも』の話でも良い。どうか……」

「わ、分かりました。でも……過度な期待はしないでください」


 僕は不本意ながら友地と約束した。約束したからには守りたいけれど、嫌だという気持ちは変わらない。今回ばかりは僕の出番が来ない事を願う。



 面会を終えて退室した後、上澤さんが僕に話しかけて来た。


「向日くん、乗り気じゃないみたいだな?」


 上澤さんまで何を言うんだろう?


「僕だって怖い物は怖いですよ」

「怖いのか?」

「上澤さんだって見たでしょう? あの映像を。あんな暴力の化身みたいな人、普通じゃないですよ」

「確かに普通じゃないとは思ったが……」


 上澤さんは苦笑する。

 何だ? 僕が怖がり過ぎていると言いたいのか?


「上澤さんは何とも思わなかったんですか?」

「私にとっては恐ろしいよ。私自身は対抗手段を持たないから。でも、君は違うはずだろう? 君はバイオレンティストの恐れているんだ?」

「何って……」


 僕は冷静に考えてみる。

 心の底から湧き上がる恐怖の正体は何だろう? あのフォビアが怖い訳じゃない事は確かだ。だとしたら、何が怖いんだろう……。


「敢えて言うなら……あの非人間的な行動です。有無を言わせない様な、力尽くの」

「体が大きくて、力が強いから、怖いと思ったのかな?」

「それもありますけど……。とにかく、全部ですよ。力が強くて、体も大きい人が、あんな風に暴力を振るう事、それ自体が恐ろしいんです」

「成程。感受性が豊かと言うべきか、想像力があると言うべきか……。それとも君の中のが、奴の脅威を感じ取っているのかもな?」


 上澤さんは一人で考察して頷く。

 この人は逆に落ち着ぎ過ぎじゃないだろうか? 自分が戦う事にはならないから? それとも超能力とか精神的な何やかんやの研究者だから、このくらいは見慣れていると言うか、研究対象として冷静に観察できるんだろうか?

 どっちにしても上澤さんも普通じゃないなと僕は思った。

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