友情の証に

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 そんなこんなで正月の三が日も終わり、仕事始めの日。僕は色んな人と新年の挨拶を交わす。同じ寮のフォビアの人達、幾草、地下の子供達、研究班や事務所、メディカルセクションの人達……。中にはお年玉やお土産をくれる人もいた。

 年末に仕事納めの式をやらなかったから、年始に仕事始めの式もやらないものだと思っていたら、午後に上澤さんが召集をかけた。例によって寮にいるフォビア持ちの全員が会議室に集合する。

 上澤さんは全員がいる事を確認してから話し始めた。


「よし、皆いるな。聞いてくれ。話というのは他でもない、監視委員会についての事だが……朗報だ。インターネット上でウエフジ研究所に関する虚偽の情報を流布していた連中が捕まった。今朝の事だ。容疑は信用毀損罪。やはりと言うか、例の宗教の残党が関係していたよ。何はともあれ、これで嫌がらせは沈静化するだろう」


 監視委員会の心配はもうしなくて良いって事だろう。

 僕は安心して小さく息を吐いた。完全に大丈夫だって言い切れるのかって疑う気持ちはあるけれど、それは時間が証明するだろう。

 上澤さんの話の後で、復元さんが発言する。


「監視委員会はともかく、解放運動の残党の方はどうなんですか?」

「今のところは動きが見られない。新たなメンバーでも迎え入れない限りは、大きな事件も起こせないだろう。再度どこかに取り入ろうとしても、扱い易い有用な能力の持ち主がいないからな。勿論、残党の捜索は続けられているが、それは警察の仕事。こちらとしては破れかぶれになって突撃して来るのを警戒するぐらいだ」


 話はそれで終わって解散となった。まだ油断はできないけれど、平和が戻って来たと解釈して良いんだろう。



 解散後に自分の部屋に戻った僕は、今月のスケジュール表を見ながら一人で考え事をしていた。

 スケジュールに空きのある日で、最も早い日は今週の土曜日。その日は一人で外出したい。もう監視委員会も解放運動も大した脅威にならないなら、許可も簡単に下りるはずだ。日富さんに心を読まれても、何の問題も無い。後ろめたい事や悪い事をしに行く訳じゃないから、止められる事もないだろう。

 よし、この日に外出しよう。僕はそう決めた。


 翌日からは勉強と運動と訓練の日々が始まる。

 その前に日富さんのカウンセリングだ。日富さんは超能力で人の心が読めるから、隠し事はできない。年末年始に何があったのかも、これから僕が何をしようとしているのかも、全部知られてしまう。だけど、今は困らない。

 日富さんは僕の心を読んで言う。


「他の人にも、あなたの過去を話したんですね」

「はい」

「私だけでは力不足でしたか?」

「そんな……」


 日富さんも僕の過去を知っている人の一人だ。何でもかんでもお見通しで、僕が何かを相談するなら第一に日富さんにするべきなんだろうけど、余りに分かり過ぎるというのもなぁ……。知られたくない事まで知られてしまうから、僕は日富さんを敬遠してしまう。


「日富さんは頼りになりますけど、例えるなら先生みたいな感じなんです。僕は……同じ苦しみを分かってくれる人が欲しかったのかも知れません」

「先生ですか……」

「学校の先生は勉強を教えてくれはしますけど、っていう事を訳じゃありませんから。分かる立場から分からない事を教えてくれるだけです」

「そんな風に見ていたんですね」


 日富さんは少し悲しそうに言った。

 ……日富さんには悪いけれど、その通りだから何も言う事はない。下手なフォローをしても心が読める日富さんに対しては、自分の首を絞める結果にしかならない。

 しかし、僕も随分と率直に自分の心を話せる様になったものだ。

 これも慣れなんだろう。今でも日富さんが少し苦手なのは変わらないけれど。


「まあ、良い傾向だと思います。自分から他人に心を開いたという事ですからね」

「そうなんでしょうか?」

「少なくとも悪くはありませんよ」


 どうして自分の過去を他人に明かす気になったのか、僕自身も不思議でならない。それも自分の思いまで含めた詳細を。その事が良かったのか悪かったのかさえ、今の僕には判断できない。

 日富さんは話題を変える。


「それはそれとして、過去に向き合う決心をした様ですね」

「はい。いつまでも逃げてる訳にはいきませんから」

「逃げるとは言いますが、どうしてもやらなければいけない事ではありませんよ」

「それでも……義理は果たさないといけないと思っています。彼との友情が嘘じゃなかった証拠に。今でも僕は彼の友達でいたいんです」

「止める理由はありません。あなたの気が済むようになさってください」

「はい」


 自己満足に過ぎない事は分かっている。だけど、そうしない限りは僕は過去を克服できない気がする。僕にも人並みに幸せになりたい願望があるんだろう。

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