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昼食の時間になって、僕と穂乃実ちゃんは一階の食堂に向かう。そこで偶々居合わせた第四研究班の
「荒岳さん、窯中さんを知りませんか?」
「カマナカ……?」
誰の事を言っているのか分からない様子の荒岳さんに、僕は小声で言う。
「ワースナーです」
「ああ、ワースナー! その……窯中さんに何か用?」
「いえ、最近姿を見ていないので、どうされたのかと……」
「彼女の事なら心配ない。まだ皆と顔を合わせるのが難しいだけだ」
「どういう意味ですか?」
「気まずいって事さ。解放運動にいたんだからね」
その気持ちは分からなくもない。敵と味方だったから、どう接して良いのか分からないんだろう。急に仲良しになれる訳もない。
「お元気ならいいんですけど」
「思うところでもあるのかい?」
「まあ、多少は」
荒岳さんに聞かれて、僕は苦笑いした。思うところはある。窯中さんの事は僕にも責任がある気がするんだ。
「そこまで気になるなら、自分から会いに行ったらどうだい? そっちの方が彼女も喜ぶだろう。地下二階の六号室だ。今なら面会の許可は要らない」
「分かりました」
僕は荒岳さんの提案に乗って、昼食後に窯中さんに会いに行く事にした。許可は要らないというのは、面会を許可してくれる人がいないからだ。人手が足りないから面会は自己判断で良いけれど、その代わりにちゃんと記録を残す事になっている。
去年までは面会を許可するために一人多く残っていたらしいんだけど、今年は深刻な状態のフォビアの人が少ないという理由で最低限の人員しか残らなかった。実際、事ある毎に許可を取るのは面倒だったから、それで良かったと僕は思っている。
午後一時、僕と穂乃実ちゃんは地下二階に下りて、窯中さんの部屋を訪ねる。誰もいない薄暗い廊下を通って、六号室の前で立ち止まり、間違っていないか一度確認。
よし、合っている。ちょっと間を置いて深呼吸。まずはノックから。
「失礼します。窯中さん、開けてください」
「……はい」
中から小声で返事があった。ゆっくりとドアが開けられて、窯中さんが恐る恐る僕を見る。そんなに警戒しなくても……。
「何のご用でしょうか……」
「特に何か用って訳じゃないんですけど……お元気でしたか?」
僕の問いかけに窯中さんは深い溜息を吐いた。
「お気遣いなく……。私は私でそれなりにやっていけてますから」
「偶には姿を見せてください」
「……お節介だとよく言われませんか?」
「いいえ、全然」
僕はちょっと驚いた。自慢じゃないけど、生まれてこの方お節介だなんて言われた事は一度もない。あれこれと積極的に他人の心配をする様になったのは、ここに来てからだ。本当にお節介だったら、友達を死なせたりはしなかったさ……。
その辺の事情を知らない窯中さんは、僕の事を元からそういう人だと思っているんだろう。要するに鬱陶しいと。
窯中さんは目を伏せて言う。
「だって、気まずいじゃないですか……。今まで敵と味方だったのに、どんな顔をすれば良いんですか?」
それは確かに。
「でも、どうにかしないとずっとこのままですよ」
「それはそうですけど」
「お正月が終われば、嫌でも訓練で顔を合わせないといけないんですから、今の内に慣れといた方が」
「分かってます。分かってますけど……」
「大丈夫ですよ。誰もあなたを責めたりしません」
窯中さんは怪訝な目で僕を見る。勝手な事を言っていると思われたんだろうか?
「自分の事は自分で何とかします……ですから、どうかご心配なく」
窯中さんは口調こそ丁寧だったけど、ドアを閉めようとする素振りを見せた。これ以上は話す事なんか無いって意思表示だ。
僕はこれだけは言っておかなければいけない事を思い出して、待ったをかける。
「あっ、窯中さん!」
「……まだ、何か?」
「あけましておめでとうございます」
窯中さんは小さく溜息を吐いて、困った様な笑みを漏らした。
「そうでしたね。今日は一月一日でした。新年おめでとうございます」
パタンとドアが閉められる。
まあ、そう急かす事もないか……。窯中さんには窯中さんの考え方や物事を進めるペースというものがある。僕が無理に引っかき回して、乱してしまっても良くない。
そもそもは窯中さんがどうしているかの確認のために来たんだから、今日は姿を見られただけで十分だ。意外に元気そうだったし、そこまで心配しなくていいと思う。
「しょうがない、帰ろう」
僕が穂乃実ちゃんに言うと、穂乃実ちゃんは「本当に良いの?」と目で訴えかけて来る。
「病気してた訳じゃないし、精神的に参ってる訳でもなさそうだったし、本人が心配しなくて良いって言ったんだから」
窯中さんの事よりも、僕は自分の事を省みないといけないかも知れない。
どうにかしないとずっとこのまま……。その言葉は僕にも当てはまる。
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