3
初詣を終えて、さあ帰ろうとした時、穂乃実ちゃんが僕の袖を引っ張った。
「おみくじ……ありましたよ」
「ああ、せっかくだから引いて行こうか」
「はい!」
そういう訳で皆して
僕は末吉、穂乃実ちゃんは中吉だった。
「中吉ってどのくらい良いんですか?」
「大吉の次だよ」
「向日さんは?」
「僕は末吉だ。末の吉だから、吉の中では一番下」
凶でないだけ良いと思おう。
「とりかえましょうか?」
穂乃実ちゃんは僕を気遣って、籤の交換を申し出た。ありがたいんだけど、穂乃実ちゃんの運気を下げる様な事はしたくない。
「ありがとう。でも、自分が引いたっていう事実は変えられないから、交換したってしょうがないよ。穂乃実ちゃん、せっかく良い運勢を引いたんだから、それを大事にしないと」
一方でラッキーマンと言われている籤さんは……。
「はっは、大凶だってよ! 見てくれよ!」
籤さんは全然気にしていない様子で、大凶と書かれた紙を皆に見せ付けた。いくらラッキーマンでも籤運は思い通りにはならないって事かな? 本当にラッキーマン?
僕は籤さんに問いかける。
「籤さんは、運勢とか気にしないんですか?」
「全く気にしない訳じゃないが、くよくよしたってしょうがないだろ? 笑う門には福来る。おめでたい日に大凶を引いた事で、悪運を一つ消費したって思わないとな。幸せだの不幸だのは自分で決める事だ」
見習いたいぐらいのポジティブ思考。こういう性格が幸運を呼び込むんだろうか?
他の人はと言うと、アンナさんは小吉、花待さんは大吉だった。でも花待さんは、そんなに嬉しそうじゃない。
「大吉と言っても、去年も大吉だったからなぁ。去年は実際、そんなに良くも悪くもなかったし」
冷めてるんだなぁ……。
アンナさんは頬を膨らませて、花待さんに抗議する。
「私より良い運勢を引いておきながら、そんな言い方ってヒドくない? 空気読めないって言われるでしょ?」
「占いを信じる程、純真でもないですから。科学は神との対話であって、神頼みじゃないんですよ」
「神って、あなたクリスチャンなの? ID論者?」
「そこまで熱心ではありませんが、一応はクリスチャンです。それとID論者ではありません」
花待さんはキリスト教徒だったのか……知らなかった。神社にお参りしても良いのかな? 自分で熱心じゃないって言ってるから平気なのか?
それはそれとして初堂さんの運勢はどうだったんだろう? 気になった僕は初堂さんに視線を送った。
初堂さんは悲しそうな顔で黙り込んでいる。大凶でも引いたのかな? ……いや、いつもこんな感じだと言われれば、まあ、そう。
見てるだけじゃ何も分からないから、僕は初堂さんに話しかける。
「初堂さんの運勢はどうでした?」
初堂さんは無言で僕に今年の運勢が書かれた紙を見せた。
「大吉じゃないですか! でも……余り嬉しそうじゃないですね」
「こういうのって大吉が多くて、凶とか大凶は少なくできてるものよ」
「そうなんですか?」
「太鼓持ちに乗せられて浮かれる程、お気楽な人生は送ってないわ」
占いに嫌な思い出でもあるのかな? 籤さんや花待さんとは否定の方向性が違うと思う。だけど、大吉を引いた二人が揃って否定的な事を言うのもどうなんだ?
僕の怪訝な視線に気付いたのか、初堂さんは言い繕う。
「だけど……ええ、そうね。今年は信じても良いかも知れない」
どうしてなんて野暮な事は聞かなかった。
そのまま僕達はR神社を後にした。帰り道も僕が先頭に立って歩く。誰かに見張られていないか警戒していたけれど、それらしい人の姿は見えなかった。監視委員会も正月休みなんだろう。
久遠ビルディングに着くと、花待さんと籤さんは揃って地下へ、アンナさんは売店へと戻る。僕と穂乃実ちゃんと初堂さんの三人は、エレベーターで上の階へ。
僕と穂乃実ちゃんは三階で一度降りて、そこで初堂さんとは別れる。
「事務所への報告は僕がやっておきますんで」
「ありがとう。楽しかったわ。また誘って」
初堂さんは別れ際に笑顔で言ったけど、本当に楽しかったのかな? そうは見えなかったんだけど……。次は心からそう言ってもらえる様にしよう。
僕は原岡さんに全員が帰って来た事を報告して、改めてエレベーターに乗って六階に向かった。そして自分の部屋で穂乃実ちゃんと過ごす。何をする訳でもなく、ただ一緒に部屋にいて、思い思いの事をするだけ。
……そうは言っても、僕の部屋は大した物が無いから、テレビを見る事ぐらいしかできないんだけども。あー、漫画とか小説とか買うべきなのかな? 映画もレンタルしてみようか? でも僕のためじゃないって事に少し引っかかる。これを機に読書とか映画鑑賞を趣味にするべきだろうか?
穂乃実ちゃんは正月特番の刑事ドラマを真剣に見ている。今度、推理小説を買ってみよう。海外ドラマをレンタルしても良いかも知れない。
それから僕は何か忘れている様な気がして、少し考え込む。
あっ! 思い出したぞ。窯中さんは今どうしているんだろう? 忘年会では姿を見なかったし、新年になってからも一度も会っていない。僕が気にする事じゃないかも知れないけれど、それとなく他の人に聞いてみるとしよう。
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