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 僕と穂乃実ちゃんと初堂さんの三人は、三階でエレベーターから降りる。雨田さんは一人だけエレベーターの中に残って、更に下の階に移動した。


 僕達は事務所に行って、原岡さんに外出許可を届け出る。

 原岡さんは僕達を見て、難しい顔をした。


「初詣? 三人で?」

「いけませんか?」

「いけないって事は無いけどね……。まだ監視委員会も油断できないからねぇ」

「じゃあ、原岡さんも一緒に初詣に行きませんか?」

「お誘いはありがたいけど、私は仕事があるから……。誰か一人くらい大人の男の人を誘ってくれれば、まあ考えなくもないよ」

「そうですか……。分かりました」


 僕は振り返って、穂乃実ちゃんと初堂さんと三人で話し合う。


「誰か都合が付く人を知りませんか?」


 初堂さんは少し考えて言う。


「籤くんはどうかしら?」

「ああ、籤さんですか」


 籤さんは運が良いからラッキーマンと呼ばれている。一緒に初詣に行くには最適な人かも知れない。

 籤さんも居残り組の一人だ。研究班は全部で四班あって、毎年末年始、各班一人が居残る。中には、そういう決まりとは無関係に、家に帰りたくない人もいるけれど。


 僕達は宿直の研究員の溜まり場になっている、地下の宿直室に向かう。ここで寝泊まりする研究員は大体が男性で、女性研究員もいない事は無いんだけれど、年末年始の宿直室は完全に男性研究員専用。女性研究員はメディカルセクションを利用する。


 宿直室は地下一階と地下二階に二部屋ずつあって、一部屋に二人が泊まれる様になっている。

 僕達は地下一階の宿直室のドアを叩いた。眠そうな顔で出て来たのは第二研究班の萩茂はぎもさん。お酒臭い。そう言えば、徹夜明けだったな。


「お、向日くん? 何か用?」


 絶対に籤さんじゃないといけない訳じゃないから、僕は萩茂さんも誘ってみようと思った。


「初詣に行きませんか?」

「初詣? 君と?」

「穂乃実ちゃんや初堂さんとも一緒です」


 萩茂さんは僕の後ろの初堂さんを見ると、苦笑いする。


「あー、行きたいんだけどね……」

「フォビアの事なら心配ありませんよ。僕がいますから」

「それはそうだけど……。ああ、初詣なら籤を誘ったらどうだい? 呼んで来るよ」


 そんなに初堂さんと一緒が嫌なのかな?

 萩茂さんは一度室内に引っ込んで、籤さんを呼びに行った。入れ替わりに出て来た籤さんも、眠そうな顔であくびをする。


「初詣だって? 行くなら行こうか」


 籤さんは嫌な顔一つせずに、まるで全く何でもない事の様に言った。

 確かにその通り、ただ初詣に行くんだから何でもない事なんだけども。いやに渋っていた萩茂さんとは対照的だ。


「それじゃ事務所に外出届を出しに行きましょう」


 僕達は籤さんを新たに連れて、エレベーターの前に移動する。その途中で籤さんは僕に話しかけて来た。


「他の奴等を呼んでも良いかい?」

「ええ、どうぞ。多くて困る事はありませんから」


 籤さんは携帯電話を取り出して、どこかに連絡した。多分、他の居残り組の人達に呼びかけているんだろう。



 僕達は再び三階の事務所前に来る。そこで籤さんが僕達に言った。


「届出は俺が書くよ」


 籤さんはササッと外出届を書いて、原岡さんに差し出した。原岡さんはそれを受け取って判を押す。特に言葉を交わしたりはしない、機械的なやり取り。

 僕は不安になって籤さんに問う。


「もう良いんですか?」

「ああ、さっさと出かけよう」


 籤さんが良いって言うなら、良いんだろう。


 僕達はエレベーターで一階に下りる。

 一階の玄関前には花待さんとアンナさんがいた。籤さんが二人に呼びかける。


「これで全員です。ぱっと行って、さっと帰りましょう」


 そんな訳で僕達は六人で初詣に行く事になった。向かう先は徒歩で行ける距離にある最寄りのR神社だ。八幡神社や稲荷神社並みに、どこにでもある神社の一つ。有名でも高名でもないから、混み合っている心配だけはしなくても良い。



 冷たい風が吹く中、僕達六人は一団となってR神社に向かう。恐らく地元出身の僕が一番地理に詳しいだろうから、僕が先頭で歩く。その後を皆が付いて来る。

 僕は後ろを振り返りながら、遅れている人がいないか注意して進んだ。怪しい連中が周りをうろついていないかの確認も兼ねて。

 道中、僕はアンナさんに気になった事を尋ねる。


「アンナさん、店番してなくて良いんですか?」

「良いの良いの、閉めてるから。そんな何時間も不在にする訳じゃないし」


 それもそうだと僕は納得した。正月の朝から売店に用がある人も、そうそういないだろうしな。



 街外れの小高い丘の上に、ぽつんとある小さな神社……それがR神社だ。僕達は長い階段を上って、小ぢんまりとした鳥居を潜り、無人の境内に出る。道中も誰とも擦れ違わなかった。

 しんと静まり返って神妙な雰囲気のする境内で、僕は賽銭箱に小銭を投げ入れて、二拍一礼。最近は正しい参拝方法がどうのこうのと言うけれど、少なくとも僕はこれ以外のやり方を知らない。地元の小さな神社だから、昔からのやり方で良いんじゃないかと思う。

 他の人達も僕に倣う形で参拝する。穂乃実ちゃんは自分で使えるお金を持っていなかったから、僕の小銭を分けてあげた。

 僕達はぐるりと境内を一巡して、小さな祠にもお参りする。何を祀っているのか、僕もよく知らないんだけど、昔から拝殿と同じ様にお参りしている。

 毎年毎年お参りして、今年も一年無事に過ごせます様にと心の中でお願いしていたんだけど……アキラは死んでしまったんだよな……。

 参拝なんて無意味な行為じゃないかという気持ちになって来る。僕は何のためにお参りしていたんだろう? だけど雰囲気をぶち壊しにしたくはないから黙っている。実際、本気で願いが叶うなんて信じている訳じゃない。それだったら、もっと現実的で直接的なお願いをするだろう。所詮は気休めさ……。

 どうしようもなく嫌な気分になって来る。ああ、これ以上は考えるのをやめよう。世の中には神も仏もいないんだって結論にしかならないから。新年早々つまらない事で落ち込んでもしょうがない。

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