初詣に行こう
1
元日の朝、窓の外が明るくなって目が覚める。時刻は……午前七時。睡眠時間は六時間弱、意外に早く起きられた。まだ少し眠いけれど、いつもの習慣で僕は朝食を取りに食堂に下りる。
食堂には徹夜明けの人達が何人かいた。夜通し飲んだ人もいるのか、アルコール飲料の缶や瓶がテーブルの上に置いてある。
花待さんが大あくびしながら、僕の方を見て言う。
「やあ、おはよう。向日くん」
「おはようございます。大丈夫ですか?」
「はは、ありがとう。一晩や二晩の徹夜ぐらい、どうって事ないよ。さて、もうこんな時間か……片付けを始めないとな」
花待さんは食堂に残っている人達に呼びかけて、ゴミを捨ててテーブルや椅子を元に戻し始める。僕も少しだけど手伝った。そのお礼にお菓子の残りをもらえた。後で食べるとしよう。
片付けが終わると、食堂のおばさんに食券を渡す。今日の定食には特別にお雑煮が付いて来る。
毎年一月の二週目まではお雑煮がメニューに加わるらしい。ここの食堂ではお正月に限らず、季節に合った特別メニューが定食に一品加わるのだ。中秋の名月の日には月見団子、クリスマスにはケーキといった具合に。
そう言えば、月見団子は食べていないな? あの時は解放運動とおかしなカルトを見張ってたからなぁ……。
季節物を味わうのは風流だ。せっかくの物を頂かない理由は無い。……勧められた物を断れないだけじゃないかって? まあ、それもある。
僕はご飯を食べながら、昨晩の事を思い返す。
穂乃実ちゃんは夜更かししたから、早起きはしないだろう。でも毎晩真っ暗な地下に一人って寂しいとか怖いとか思わないんだろうか? 嫌ならそう言うかな? でも穂乃実ちゃんの性格なら言わずに耐えている可能性もあるかも……。だからって僕に何ができるんだろう? 一緒に寝てあげるとか? 誰に許可を取れば良いんだ?
おめでたい元旦から僕はあれこれと考える。
そう言えば……昨夜は深夜のテンションで初堂さんに自分の恥ずべき過去を語ってしまった。あれは本当に言ってしまって良かったんだろうか? 他人に言いふらされる心配はないだろうけど、言うべきじゃなかったかもと今更後悔する。そんなに僕の精神は限界だったんだろうか?
ご飯を食べている時に、くよくよ思い悩むのは良くないけど、だからってあっさり思い切れる事でもない。僕は知らず知らずの内に眉間に皺を寄せていた。そのせいでご飯が終わった後に、食堂のおばさんに「おいしくなかった?」と無用な心配をかけてしまった。一年の計は元旦にありと言うし、こんなんじゃ今年も思い
朝食を終えて自分の部屋に帰り、僕は正月特番を見る。……余り面白く感じない。
すっきりしない気分のまま、ぼーっとテレビを見て過ごす。きっと死んだ魚みたいな目をしていた事だろう。体を動かそうにもジムは閉まっているしなぁ……。
ただ時間だけが過ぎて午前九時、ドアのチャイムが鳴らされる。
誰だろう? 穂乃実ちゃんにしては、いつもより一時間早い……と思っていたら、その穂乃実ちゃんだった。
「あけましておめでとうございます」
「あ、ああ……おめでとう」
畏まった調子でしっかり新年の挨拶をされた僕は、不意打ちを食らわされたみたいに動揺していた。
「初もうでに行きませんか?」
「初詣?」
急なお誘いに僕は思わずオウム返しする。今、外出許可って取れるかな? 事務所の原岡さんが残っているから行けるかも知れないけど……。
僕がすぐに答えないから、穂乃実ちゃんは不安そうな顔をした。これはいけないと思って、すかさず僕は言い繕う。
「ああ、良いよ。許可を取らないといけないけど……原岡さんに頼んでみよう。他の人も誘って良いかな?」
「はい。みんなで行きましょう」
僕は穂乃実ちゃんを連れて、同じ階の初堂さんを誘いに行った。インターホンのチャイムを鳴らすと、そう何分も待たない内に初堂さんが応える。
「どなたですか?」
「向日です。初詣に行きませんか?」
「初詣? 今から?」
「そうです」
僕の誘いに初堂さんは数秒の沈黙を挟んで答えた。
「ちょっと待ってて。準備するから。十分、十分だけ!」
「はい」
取り敢えず、初堂さんは一緒に行ってくれる様だ。雨田さんとか、花待さんとか、アンナさんも誘おうかな? 大勢で行けば原岡さんも断り難いだろうし、何なら原岡さんも一緒に誘ってみよう。
それから二十分後に、初堂さんは準備を終えて部屋から出て来た。僕と穂乃実ちゃんと初堂さんの三人は、雑談をしながらエレベーターに向かう。
雨田さんの部屋を訪ねようと五階に下りた僕達は、エレベーター前で当の雨田さんと鉢合わせた。僕はちょうど良いと思って、雨田さんを初詣に誘う。
「雨田さん、皆で初詣に行きませんか?」
「……いや、俺は遠慮しとくよ」
「そうですか……」
雨田さんは乗り気じゃないみたいで、つれない反応。ちょっと残念だ。まあ雨田さんは集団行動が好きそうじゃないから、意外ではなかったけれど。
そう思っていると、雨田さんは僕を真っすぐ見て言う。
「向日」
「はい」
「……今まで偉そうな事を言って悪かったな」
「急にどうしたんですか?」
「昨夜の話だ」
「あっ……。あぁー、あれは気にしないでください。皆それぞれ事情があるってだけですよ」
「……そうだな」
僕は昨夜の事を思い出して、恥ずかしい気持ちになる。やっぱり雨田さんも僕の話を聞いていたんだ。そりゃ目の前で話していたら嫌でも聞こえるよなぁ……。あの時は僕も聞いて欲しいって思いで言ってた訳だし。でも謝られるとは思ってなかった。謝罪を期待した訳じゃないんだけど。
何だか気まずい雰囲気になる。
雨田さんはエレベーターに乗り込む。
僕達も雨田さんを誘いに五階に来ただけだから用事が無くなってしまい、再びエレベーターに乗り込んで、事務所のある三階まで一緒に移動する。
短い時間だけれど、雨田さんと僕達はお互いに無言のまま、エレベーターの中の空気は更に気まずくなった。
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