年末のあれこれ

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 クリスマスを過ぎると、ウエフジ研究所も年末年始の長期休暇に入る。毎日の様に研究所にいた研究員の人達も、事務所の人達も、大半がいなくなってしまう。

 僕はお盆は家に帰らなかったけど、年末年始はどうしようかと考えていた。超能力者監視委員会の嫌がらせは、かなり減ったけれど完全に無くなった訳じゃない。家が同じ市内なだけに、帰ると家族まで狙われるんじゃないかと心配になる。

 そういう訳で、今年は家に帰らない事にした。週末や休日には電話で連絡を取る様にしているから、そんなに心配はされてないと思う。

 僕が家に帰らない事を決めた理由は、もう一つある。それは他にも実家に帰らない人達がいるからだ。フォビアの制御が完璧じゃない限り、フォビアを持っている人達は自由に外出できない。

 本当はフォビアの制御が完璧じゃなくっても、家族の要求と本人の希望があれば、帰らせてもらえるんだけど……。フォビアの最大の被害者は家族って事が多いから、余り強く要求しない家族もいるし、逆に当人が家族に迷惑をかけたくないと思って遠慮する場合もある。それに……穂乃実ちゃんみたいに、帰る家が無い人も。


 多くの人が実家に戻ってしまったビルの中は、いつもと比べてひっそりしている。副所長の上澤さんも、カウンセラーの日富さんもいない。売店では、吉谷さんのお姉さんが代わりに店番をしている。

 残っているのは僕、雨田さん、穂乃実ちゃん、初堂さん、それに研究班と事務所と食堂の人が数人ずつ。そして……ワースナーこと窯中かまなか希恭ききょうさんも。

 幾草も家は市内のはずなんだけど、普通に実家に帰った。家族が巻き込まれる心配は無いのかって聞いてみたら、セキュリティーがしっかりしてるから大丈夫だって答えが返って来た。……そういう問題なのか?



 長期休暇中だから訓練も何も無い状況で、僕は暇を持て余していた。勉強ばっかりじゃ疲れるけれど、ジムは責任者の有徳さんがいないから入れない。しょうがないからビルの中を歩き回って体を動かす。

 六階のロビーを覘いてみると、初堂さんと窯中さんが二人で話していた。窯中さんは今まで地下にいたけれど、年末年始だけ特別にビルの中を移動する事を許された。これまで問題行動を全然起こさなかったから、模範囚みたいな感じだ。いや、模範囚は例えが悪過ぎるか……。監禁……じゃなくて、保護した人の世話をするのも人手が要るからっていう理由もあるんだろう。

 窯中さんの頭には、ヘッドギアみたいな物が被せられている。フォビアを封じるための脳波制御装置だ。

 二人と目が合った僕は、自分から話しかけた。


「こんにちは」


 初堂さんは無言で少し笑みを浮かべて僕に会釈を返す。


「……こんにちは」


 窯中さんは少し遅れて挨拶を返した。


「何の話をされてたんですか?」


 僕がそう聞くと、窯中さんは目を伏せる。もしかして聞かれたくない話だったかなと思っていると、初堂さんが代わりに答えた。


「フォビアの話よ。お互いに思う所があってね」


 もしかして人を不幸にする事しかできないとか、そういう話だろうか? 初堂さんのフォビアは話通りなら他の人とレベルが違うからなぁ……。

 窯中さんは俯いて話し始めた。


「私は今まで自分が一番不幸だと思っていました。恥ずかしいです」

「不幸の比較は無意味よ。誰も自分が経験した以上の事は言えないから」

「もっと早くF機関の事を知っていれば……」

「表向きにはフォビアの事は伏せられているし、『保護』と言ってもどんな扱いをされるか分からないから、避ける気持ちは分かるわ。後悔するより次の事を考えて」

「初堂さん……」


 二人はフォビアの性質が似ているから、仲良くなれるんじゃないかと思う。フォビアの人に必要なのは、理解と共感なんだ。特異な能力だから、自分と似た境遇の人の話は貴重だ。フォビアを持つ人同士でも、同じ体験をするとは限らないから尚更。

 初堂さんは一度僕に視線を向けて、窯中さんに問いかける。


「ところで、向日くんの事は知ってる?」

「無効化のフォビアを持っているって事は……」

「そう、彼のフォビアは無効化だから。彼といる間は自分のフォビアを恐れなくても良いわ」


 正確には無力化なんだけど、まあどっちでも良いか……。

 初堂さんは続けた。


「この先あなたがフォビアを克服するつもりなら、向日くんの力を借りる事になる」

「はい」

「個人的な感情があるかも知れないけれど、本気でフォビアを克服したいなら素直に彼を頼って」

「……はい」


 話の流れからして、僕は窯中さんに恨まれているんだろうか? 霧隠れとブラックハウンドが死んだのは、僕のせいだと思われている? いや、確かに半分ぐらいは僕のせいなんだけども。僕が二人のフォビアを封じてしまったから……。

 はぁ、気持ちが落ち込んで来た。いけない、いけない。

 僕は苦笑いして窯中さんの表情を窺う。本当に僕の事を恨んでいるんだろうか?


「あの……何か?」


 僕は思い切って窯中さんに聞いてみた。


「僕の事を恨んでいますか?」

「い、いいえ! そんな事は全然!」


 窯中さんは慌てて否定する。

 本心を言い当てられて焦っているのか、それとも全く思ってもいない事を言われて困惑しているのか、僕には分からない。そもそも面と向かって恨んでますとは言えないよなぁ……。問い詰めても本当の事は言ってくれないだろうし、余り追及しない方が良いのかも知れない。

 そう思っていたのに、初堂さんが窯中さんに言う。


「思ってる事、全部言ってしまったら?」

「えっ、でも、それは……」

「黙ってるのは感じ悪いわよ」


 それを受けて、窯中さんはぽつりぽつりと語った。


「向日さんの事をどう思っているか……自分でもちょっと、よく分かりません良い人なんだろうなとは思います。だけど……怖いです」

「怖い?」


 僕と初堂さんは同時に同じ事を言った。僕が……怖い?


「怖かったんです。あの時、公安と一緒に入って来て……」


 窯中さんは言葉を詰まらせて涙を流した。

 僕は狼狽えるばかりで、何も言えなかった。何を言ったら良いか分からなかった。

 怖かったのか……。僕はショックを受けていた。納得できない訳じゃない。暗闇で公安の人達と一緒に突入して来て、仲間が二人死んだんだから、そりゃ怖がられもするだろう。

 ショックだったのは、寧ろ自分の想像力の無さだ。僕は人を恐れるばかりで、自分が恐れられているとは微塵も思わなかった。

 初堂さんが黙っていた僕に代わって、窯中さんに言う。


「怖がる必要は無いわ。彼は普通の男の子よ。何でもない普通の少年。フォビアを封じられる以外は……」


 僕も続けて何とか弁解したかったけど、自分でアピールすると逆効果な気がした。

 気まずい。とにかく気まずい。

 窯中さんが泣き止むまで、僕は何もできずに突っ立っていた。

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