子供達と過ごす日
1
それから二日後の朝――ビルの一階で朝食を取って、自分の部屋に帰ろうと思っていたところ、リラクゼーションルームのフロアで開店準備をしていた売店の吉谷さんに声をかけられた。
「あ、向日くん! 新聞買わない?」
「例の件ですか?」
「そう、例の件」
吉谷さんは小走りで売店の中に入ると、
識風新聞は政治方面に強い全国紙だ。各政党や官僚との関係も深いという。
「150円」
「はい」
僕は財布から小銭を出して、吉谷さんに手渡した。吉谷さんは目で小銭を数えて、僕に新聞を差し出す。
「これの社会面だよ」
「分かりました」
僕は自分の部屋に戻って、リビングのテーブルの上に新聞を広げる。
その記事は片面の三分の一ぐらいのスペースを取って、大きく取り扱われていた。見出しには「神経医療研究所に集団で嫌がらせ」「業務妨害」「一月に一万件以上」「まとめサイトが誘導」「暴走する正義感」「逮捕者続出」とある。十年以上前から数年に一度は類似の事件が起こると書いてあるけれど、業務妨害ってそんなに頻繁に起こってるのか……。
事態を重く見た政府は更なる規制の強化を検討しているらしい。規制強化の前に犯人を何とかして欲しいんだけどな。さっさと元凶を逮捕してもらいたい。こういう記事を出して、政治や司法が動いていると示して、便乗する愉快犯が出るのを防ぐ効果もあるんだろうけど、本当に収まるのか僕には分からない。
これで安心してしまって良いんだろうか?
僕は改めて記事を読み直す。
――あれ? C機関の事が書いてない。もし本当に超能力者に対する嫌がらせが目的なら、ウエフジ研究所だけ狙うのはおかしいだろう。C機関の表向きの名前は知らないけれど、少なくとも記事で言及されている「被害者」はウエフジ研究所だけだ。
C機関は表向きにはどんな組織なんだ? もしかして全く表に出ない秘密組織だったりするんだろうか? 機会があったら誰かに聞いてみよう。
それから午前九時のカウンセリングを終えて、今日は訓練がない日。幾草は学校に行ってるし、誰かと外出する予定もない。そんな時は勉強だ。二年後の高卒認定試験のために頑張るぞ。
今のところ、勉強の予定に遅れはない。高校一年生が学ぶべき基本は全て押さえている。来年は二年生の分をやる予定だから、ここで遅れたら大変だ。
今日は市販の問題集を使って模擬テストをしよう。もう十二月も下旬に入るから、二学期の期末テストのつもりで、時間を決めて問題を解く。
黙々と勉強して一時間半が過ぎた頃、インターホンが鳴らされた。誰だろうと思って出てみると……地下の子供達が六人揃っている。
「どうしたんだ? 何かあった?」
僕は本気で心配した。普段は地下にいる子供達が、大人も連れずに揃って僕の部屋を訪ねて来るなんて。
僕の疑問に答えたのは荒風さん。
「今日は部屋から出て、自由に行動しても良いって言われたんです。このビルの外に出なければ」
「はー、そうなの? 僕に何か用?」
「用は無いんですけど……」
荒風さんは返事に困って口ごもる。代わりに穂乃実ちゃんが上目遣いで遠慮がちに言った。
「あそびに来たらダメですか……?」
今は勉強中なんだけど、追い返すのも忍びない。他に行く当てもないから、ここに来たんだろうし。
「良いよ。上がって、上がって」
僕は子供達を部屋に上がらせる。
六人は僕の部屋を興味深そうに見回していた。寮ってこういう所なんだなとか思ってるのかな? 余り見られると恥ずかしいけれど、来客に備えて毎日ちょっとずつ片付けていて良かった。六人もいるとリビングが狭くないかと心配したけれど、スペースには意外と余裕がある。
僕は勉強道具を片付けた後、お茶とお菓子を用意して、テーブルに並べた。子供達は素直にテーブルの周りに座ってくれる。大人し過ぎて拍子抜けだ。僕がこのぐらいの時は、もっとクソガキだったよ。地下で管理された暮らしをしていると、やんちゃする気力も無くなるのかな……。それとも初めての場所で緊張しているだけなのか?
「楽にしてて良いよ……って言っても、何もないから面白くもないだろうけど」
「そんなことないです」
穂乃実ちゃんは否定したけど、楽しい事なんか何も無いだろう。お茶飲んでお菓子食べて、テレビを見るぐらいしかないぞ。
そう思っていると、荒風さんが僕に聞いて来る。
「テレビつけてもいいですか?」
「ああ、良いよ」
でも今の時間帯は子供が見て面白い番組はやってないはずだ。まさかワイドショーを見たりはしないだろうし、他には教育番組ぐらいしかないのに。
こういう時のためにアニメのBDでも持っておいた方が良いのかな? でもプレイヤーが必要になるしな……。
案の定、荒風さんはチャンネルをコロコロ変えた後、しょうがなくといった風に教育番組を見る。
数分後に今度は柊くんが聞いて来た。
「向日さん、ゲームやるんですか?」
柊くんは古いゲーム機に目を付けたみたいだ。
「幾草が遊びに来た時に、一緒にやるぐらいかな」
「やってみていいですか?」
「良いけど、古いゲームだぞ」
「CSXですよね。ウチにもありました」
「やった事あるの?」
「インドア派ですから」
そりゃ柊くんは太陽恐怖症だから必然的にそうなるだろうけど、自虐みたいな事を言わせてしまって申し訳ない気持ちになる。
柊くんは重ねてあるソフトのパッケージを見て、困った顔をした。
「知らないゲームです。どれも……」
「ああ、余りゲームに詳しくないから、どういうのが良いのか分からなくて。安売りしてるのを適当に買ってるんだ」
「有名どころは買わないんですか?」
「そういう訳じゃないけど、見た事も聞いた事もないゲームの方が面白いって、幾草も皆井さんもステサリーさんも言うし……」
結果的にマイナーなゲームばかり集める事になってしまっている。中にはクソゲーもあるから、そういうのばかり好んで集めていると思われるのは心外だ。ここは自分からソフトを勧めて、地雷を避けさせよう。
「やるならパーティーゲームとか、どうかな? このペンギンのレースゲームとか」
可愛いペンギンのイラストが書かれたパッケージ。操作性に難はあるけど、ゲーム自体は難しいって程でもない。誰でも遊び易いゲームだ。だけど女の子達が乗ってくれるかどうか……。僕は女の子四人の反応を窺う。女子は男子に比べて余りゲームをしないイメージがある。小学校でも中学校でも、女子がゲームの話をしているのを聞いた事がない。
「誰かやってみる?」
僕は女の子達に問いかけたけど、どうも遠慮している様子だ。ゲームには全然興味が無いのか、それともやった事がないから手が出せないのか……。
他に複数人で遊んで楽しいソフトは「モノポリーみたいなボードゲーム」と「二人プレイも可能なアクションゲーム」ぐらいだけれど、柊くんも全く知らないソフトに戸惑っている。ここはゲームをやらないという選択もあるだろう。
「これ、やってみても良いですか?」
柊くんが手に取ったのは、二人プレイも可能なアクションゲームだった。ゲーム自体はかなり難しいけれど、二人同時に倒されなければ無限コンティニューが可能で、延々と遊び続けられるという変わったシステムのゲームだ。一人で遊ぶとなると難易度イージーでもクリアは難しい。
「良いけど、荒風さんは……」
「あ、全然いいですよ。べつにテレビ見たくて見てるわけじゃないので」
「そう?」
そんなこんなで柊くんがプレイヤー1、荒風さんがプレイヤー2でゲームが始まる。
穂乃実ちゃんと小暮ちゃん、それに井丹さんは、ゲームが得意じゃないという事でやりたがらなかった。荒風さんもゲームは得意じゃないけれど、やった事はあるので見ているだけよりは良いと思ったみたいだ。声無くんはゲームをやらない訳じゃないけれど、システムを把握するまでは見る側に回るつもりらしい。あぁ、中古で買ったから説明書が無いんだよな。盲点だった。
皆してゲーム画面を見ている様だから、僕は片付けた勉強道具を持ち出して、一人で模擬テストを再開した。
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