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 幾草が適当なゲームで遊んでいる間、僕は買って来た物を片付けた。

 幾草は忍者のアクションゲームをやりながら僕に声をかける。


「良いよなぁ、独り暮らしって」

「急にどうした?」

「いや、俺も独り暮らしだけどさ……そんなに自由じゃないんだよ。学校もあるし、部活もあるし、時間が限られてるから、バイトで稼ぐって言っても。その点、勇悟は給料もらって自活してる訳だろ? はっきり言って羨ましい」

「僕だって、そんな自由じゃないよ。勉強して、運動して、仕事があって。まあ……そこまで忙しいかって言うと、そうでもないんだけど」


 僕は僕で大変だよ。解放運動とか監視委員会とか、ろくでもない奴等がいるし――と反論しようとして、僕は思い止まる。

 あぁ、それを言ったら幾草もだったな。フォビア持ちじゃなくても、同じ寮内で暮らしているし、将来は不死同盟の一員になるんだから。

 でも幾草が不死同盟って本当なんだろうか? 本人に自覚はあるのかな? これって直接本人に聞いても良いんだろうか?


 そんな事を考えながら、僕は雑誌を片手にリビングに戻って来た。

 幾草が雑誌に目を留めて言う。


「表紙、大原美暖じゃん」

「ん? ああ、この人……知ってるの?」

「知ってるも何も、有名人だろ。歌も出してるし、ドラマにも出てるし」

「はは、そりゃ知ってるか」


 僕の中ではこの人は、変な番組に出てゴキブリを触って気絶してた人だけど。

 僕の反応を幾草は怪しんだ。


「芸能なんて興味無さそうなのに、何で週刊誌なんて買ったんだ?」

「……ちょっと気になる記事があってさ」

「どんな?」


 ゲームの画面を見詰めたままで、幾草は聞いて来る。


「最近、この研究所が嫌がらせを受けてるって話は知ってる?」

「知ってる、知ってる。大変だってな」


 幾草は他人事の様な反応だ。この研究所に出入りしているから、多少は巻き込まれていると思っていたけれど……違うのか?


「幾草は何か無かったのか?」

「何かって?」

「嫌がらせとか」

「ああ……ちょっと尾行されたぐらいだな。そのぐらいなら、全然どうって事ない。慣れてるからな」

「慣れてる?」

「俺の身に何かあっちゃいけないってさ、浅戸さんとか笹野さんとか柾木さんとか、毎回誰かしらに見張られてるからなぁ。今更って感じだ。好い気はしないけどな」

「そ、そうなのか……」


 良い意味で神経が太いんだな。太くならざるを得なかったって言うべきか? 僕の知らない所で、幾草も苦労して来たんだろう。

 僕は話を元に戻した。


「これに研究所が受けている嫌がらせの事が書いてあるんだ」

「へーぇ、どんな風に?」


 僕は目次から記事のページを探して、読み上げた。


「『神経症の研究所を襲う謎の集団! 悪質な嫌がらせの数々!』だって」


 幾草は声を抑えて笑い出す。笑い事じゃないんだけどな。


「S県H市の街外れにあるごく普通のビル。そこに神経症を専門的に研究している機関がある。ウエフジ研究所――戦後すぐに設立された神経症の研究所だ。日本で唯一『共感性不安障害伝播症(E.A.D.I.D.)』という難病の研究を進めている」

「表向きの説明だな」

「その研究所が謎の集団に、卑劣で悪質な嫌がらせを受けている。治療のために入所している患者や職員を車で追い回したり、大量の手紙や電子メールを送りつけたり、何度も無言電話をかけたり、とても個人でやれる事ではない」

「俺の知らないとこで、そんな事になってたのか……」


 事務所で働いている人達は本当に大変だったと思う。僕達以上に我慢の限界だったに違いない。

 僕は記事の読み上げを続ける。


「警察に通報しても、一向に効果がない。果たして何者の仕業なのか? 関係者への取材を続けていく中で、謎の集団の正体が浮かび上がった。その名も『超能力者監視委員会』。何ともオカルトな名前だが、構成員達は本気だ。取材班の一人が接触した超能力者監視委員会のA氏(仮称)は、『ウエフジ研究所は超能力者を匿っている』と怪気炎を上げた。続けて『どうかこの話を記事にして真実を広めて欲しい』と」

「まあ間違っちゃいないんだけど、それだけで嫌がらせなんかするか?」

「どうやら超能力者監視委員会は、先月の東京大停電はウエフジ研究所が起こしたと思っている様なのだ。取材班が何か証拠を持っているのかと聞くと、A氏は得意気にスマートフォンを取り出して、あるサイトの記事を見せ付けた。そこにはおどろおどろしい字体で『日本怪奇オンライン』と書かれていた。内容は匿名掲示板のコピペの様だ。これが証拠だとでも言うのだろうか? 情報源はまとめサイト?」

「くだらねぇ」


 幾草は鼻で笑った。僕も同じ気持ちだった。

 くだらない。本当にくだらない。そんな事で犯罪行為に手を染めるなんて。


「取材班は同研究所の副所長上澤うえざわ珠樹たまき氏にも話を聞いた。上澤氏――私達は神経症の原因となる脳の働きを研究しているだけなのですが、彼等には超能力の研究をしていると思われているのでしょう。過去にも何度か、こういう嫌がらせはありました。世間の注目を集める様な大きな事件が起きると、私達の仕業ではないかと疑われて。それにしても今回は度が過ぎています」

「上澤さん、週刊誌の取材なんて受けてたのか」


 副所長ともなると、こんな事もしないといけないのか……。いつも暇そうにしてるなと思ってたけれど、やっぱり上に立つ人って責任重大なんだな。誰もやりたくない事をやらないといけない。


「取材班は日本怪奇オンラインの管理人にも取材を申し込んだが、『ネットに書いてあった事をまとめただけ』と言われて断られた。不思議な事に、どこに書き込まれた情報をまとめたのかも不明で、書き込みと思われる文章を検索しても、他のサイトがヒットしない。そのため日本怪奇オンラインの自作自演ではとの疑念も浮かぶ。実際に被害者がいる以上、イタズラでは済まされない」

「つまり、ニッポン怪奇なんとかってのが諸悪の根源か? 存在しない書き込み情報をデッチ上げた?」

「そうかもな……」


 もしかしたらサイトの運営者が全教一崇教の信者なのかも知れない。上澤さんの言う通りなら、この後に新聞も監視委員会の悪行を取り上げるだろう。どこの新聞が取り上げるかは分からないけれど。

 この調子で超能力者監視委員会の悪行の数々が世間に知れ渡れば、活動もやり難くなるだろう。このまま何事もなく収まってくれればいい。そう願う。

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