大人のやり方

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 穂乃実ちゃんを説得して、これで問題は片付いたと僕は思っていたけれど、その後も監視委員会の嫌がらせは続いた。過去に例の無い長期的な迷惑行為に、研究所の皆も対処に困っていた。


 十二月二十日、ウエフジ研究所の副所長の上澤さんは、この状況を来年まで持ち越すつもりはないと、会議室に寮の皆を集めて話をした。


「最近の監視委員会の行動は目に余る。余りに執拗だ。皆も腹に据えかねている事と思う。私も同じだ。どうにかしなければならない。その前に、どうしてこんな状況になっているのか説明したい。聞いてくれ」


 誰もが真剣な顔で話を聞く姿勢だった。

 上澤さんは満足そうに頷くと、語り始める。


「恐らくはインターネット上の書き込みが原因だ。東京の停電事件から約一週間後、ある匿名掲示板にて公安の関係者を名乗る人物が、ウエフジ研究所を絡めた偽情報を流布した。数週間という短い期間で、これに尾ひれが付いて、最終的に監視委員会の連中が本気にした。くだらない話だが、出所の不確かな情報を信じる輩が多いというのは嘆かわしい限りだな。皆も匿名の情報や騙りには気を付ける様に。向日くん」

「えっ」


 どうして僕が名指しされたのか……まあ、分からない訳じゃない。多倶知の呼び出しに応じたのは軽率だったという事だろう。その通りだから僕は何も言えない。

 上澤さんは監視委員会への対抗策を語る。


「幸い、現時点で偽情報を本気にしているのは監視委員会の連中だけだ。普通の人は超能力なんか信じないからな。だからこそ、『自分達が何とかしなければならない』という誤った使命感に駆られるのだろう。私達は一貫して被害者の立場を取る。後は週刊誌と大手マスコミに援護してもらおう。諸君は手を出さない様に。問題が拗れるだけだからな。申し訳ないが、もう少しだけ耐えてくれ。……何か意見のある者は?」


 上澤さんの問いかけに、手を上げたのは復元さん。


「その偽情報を流した奴が誰なのかって事は分かってるんですか?」

「例の教団の残党か、それとも解放運動の残党か、監視委員会の自作自演か……考えられる可能性は、このぐらいだな。監視委員会には公安の工作員も潜入しているが、どうして今の状況になったのか、よく分からないらしい。どうも少数の有力なインフルエンサーが偽情報に踊らされた結果の様だが、どこに信じる要素があったのか全く分からないとの事だ。裏で接触があったのではないかと、更なる調査を進めている」


 難しい話はよく分からない。インフルエンサーって、インターネット上の有名人の事だよな? 発信力がある人の事。

 ……とにかく僕達にできる事は無さそうだというのは分かった。

 復元さんに続いて、船酔さんが挙手する。


「公安は信じられるんですか?」

「その懸念は分かるが、公安も内通者の存在は警戒している。今のところは、そうした話は聞かない」


 公安の内通者には嫌な思い出がある。成場……あの人は今どうしているんだろう? 今回は誰かに裏切られる心配はしなくて良いって事なのかな?

 続いて灰鶴さんが不機嫌そうに言った。


「それで、いつまで耐えてればいいんですか?」

「クリスマスまでには、どうにかしたいと考えている。私とて年末年始は心置きなく過ごしたいからな」


 それ以上は特に話す事もなく解散となった。



 その後、僕が日用品の買い足しに売店に下りた時、店員の吉谷さんに手招きされると同時に声をかけられた。


「向日くん、オススメがあるんだけど……買ってかない?」

「お勧めって何ですか」


 売店でそんな事を言われたのは初めてだよ。


「ジャーン! 週刊フライ・ハイ!」

「はぁ」


 吉谷さんは週刊誌を取り出して見せ付ける。

 週刊フライ・ハイは三大タブロイドの一つだ。週刊誌を全然読まない僕でも、名前だけは聞いた事がある。だけど週刊誌を購読した事なんか無かったから、見せ付けられても興味は湧かなかった。

 吉谷さんは僕の冷めた反応にも動じない。いやらしい笑みを浮かべて続ける。


「あらら、反応が薄い。ここ読んで、ここ」


 吉谷さんが指差したのは、表紙の見出しの一つ。そこには『驚愕!! 神経症の研究所を襲う謎の集団! 悪質な嫌がらせの数々!』と書いてある。


「これって、ウエフジ研究所の事ですか?」

「そうだよ。500円になりまーす」


 吉谷さんに乗せられるまま、僕は週刊フライ・ハイを買った。

 売店での買い物を終えて帰る途中で、僕は幾草とすれ違う。


「勇悟!」

「幾草、どうしたんだ?」

「暇してるから、そっちに遊びに行こうと思ってな」

「良いよ。ちょうど買い出しに行って来た帰りだ」


 僕と幾草は雑談しながら部屋に向かった。幾草は僕が持っているビニール袋をジッと見詰めて聞いて来る。


「何を買ったんだ?」

「日用品だよ」

「その雑誌は? 漫画か?」

「週刊誌」

「エロい奴?」

「エロくはないよ。お勧めされたから買ったんだ」

「オススメ!? 俺、そんなのオススメとかされた事ないぞ」

「話すと長くなるけど、まあ事情があって」


 部屋に入ると、幾草はリビングに置いてあるゲーム機を引っ張り出す。最新のゲーム機じゃなくて、四世代ぐらい前の奴だ。前に幾草が遊びに来た時に、「ゲームとか無いの?」と聞かれたから買った奴。中古でそれなりに安かった事、ソフトも安いのが揃っていた事から、流行とか気にせずに買った。

 近場にリサイクルショップがあったからできた事だ。寮にいる皆井さんとステサリーさんが、その手の店を回る趣味があって教えてもらった。

 どんなゲームが良いとか悪いとか分からないから、時には凄いクソゲーを掴む事もあるけど、幾草は笑ってやってくれる。

 僕自身は余りゲームをしない。どっちかというと、人がやってるのを見ている方が楽しい。そんなに上手でもないし。

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