3

 穂乃実ちゃんが泣き止むまで、十分ぐらいかかった。その間、僕は穂乃実ちゃんの背中をさすりながら、次の言葉を考えていた。


「大丈夫?」

「……はい。ダイジョブです。ごめんなさい」

「謝る事はないよ。人の事で泣けるって事は、君が優しい心を持ってるって事だ」


 僕は他人のために泣いていない気がする。いつも自分を哀れんでばかりだ。そんなだから彼を助けられなかったんじゃないか?

 ……自虐に走るのも僕の悪い癖だ。自分を虐めて満足していちゃ何にもならない。本当に人のためを思うなら、人のために行動しないと。


「まあ、そういう訳で……穂乃実ちゃんにはフォビアを使う事の恐ろしさを分かって欲しい。人を傷付けるためにフォビアを使わないで欲しい」

「わたし、そんな……」

「フォビアを……超能力を持たない、超能力の事も詳しくは知らない多くの普通の人にとって、超能力者は未知の恐ろしい存在なんだ。僕は監視委員会の人達の気持ちも少しは分かる。穂乃実ちゃん、君だって分かるはずだ」


 フォビアを制御できなかった時の恐ろしさを、穂乃実ちゃんは忘れてしまったんだろうか? そんな事は無いはずだ。


「もしあの時、火の勢いが弱まらずに車が燃え上がって爆発していたら、死人が出ていたかも知れない。君はそこまで考えていたか? 誰かが自分のせいで死んでしまっても後悔しなかったか?」


 穂乃実ちゃんは何も答えずに俯いた。痛い所を突いてしまったんだろう。それでも僕は続けないといけない。


「分かっているよ。そんなつもりは無かったって事は。だけど、取り返しが付かない事になる前に……。一時いっときの怒りに流されちゃいけない。どんなに許せないって気持ちがあっても」


 穂乃実ちゃんは僕の説教に俯いたままで頷いた。ここでもう一言、穂乃実ちゃんをフォローできる言葉が欲しい。どんな言葉をかけるべきか、僕は真剣に考える。


「僕が……僕が側にいるから。僕が君を守るから」


 キザなセリフだなと自分でも思った。ちょっと恥ずかしかった。

 堂々と守るなんて言っちゃって、本当に守り切れるのかとも思った。今まで僕が誰を守ったって言うんだろうか? 誰も守れてなんかいない。それでも……言ったからには守り切る。


「守る……マモルさん?」

「そう、守るから『衛』だ。僕は向日衛。僕のフォビアに因んだ名前。『無効』で『守る』」

「そーなんですか?」


 穂乃実ちゃんは小さく笑った。ダジャレみたいな名前が、そんなにおかしかったんだろうか?


「僕がフォビアに目覚めたのは、友達が死んだ後だった。僕は肝心な時に、誰も守れなかった。だから、これからは……。そう、大事なのはこれからだ。自分のフォビアをどう使うか、フォビアとどう付き合って行くかなんだ」

「……わかった……わかりました。マモルさん」


 ようやく穂乃実ちゃんは心から納得してくれたみたいだ。

 かなり疲れた。ただ話をしただけで、他に何をしたって訳でもないんだけども。


「分かってくれたなら……いいよ」


 ゆっくり静かに息を吐く。それから気まずい沈黙の時間が訪れる。

 先に沈黙を破ったのは穂乃実ちゃんだった。つぶらな目で僕の顔を見上げて尋ねて来る。


「マモルさんのフォビアのお話、ほかの人にもしたんですか?」

「君が四人目だ。そんなに気軽に話せる事でもないし……。自分から話すのは勇気がいる。何度話しても慣れない」

「だったら、どうしてわたしに…」

「どうしてって……間違った方向に進んで欲しくないって思ったからだよ。君は僕の恩人でもあるんだ。君がいなかったら、僕は自分のフォビアに気付かないままだったかも知れない」


 穂乃実ちゃんはよく分からないって顔をしている。

 しょうがない。公園で火事があった時の事を、穂乃実ちゃん自身は余り憶えてないだろうし。


「あの、マモルさんが助けてくれたのは、おぼえてます」

「助けたって程でもないけどね。僕もまだフォビアに気付く前で、何が起こったのかもよく分かってなかったし。ただ、あの時……君に出会えて良かったと思っている」


 僕は素直に心情を語ったつもりだったけど、何か愛の告白みたいになってないか? いや、深い意味は無いんだよ。穂乃実ちゃんも恋愛とか、そういう事を意識するには少し早いだろう。大きくなってから、今の事を振り返られても困るけど。

 僕は心のもやもやを振り払う様に、改めて言った。


「さて、お話は終わりだ。訓練を始めよう」

「はい!」

「――とは言っても、僕が教える様な事はそんなに無いみたいだけどね。ちゃんと自分の意思でフォビアを使えてるみたいだし」

「そんなことないです!」


 急に否定されて、僕はびっくりして固まる。穂乃実ちゃんは懸命に訴えて来た。


「まだまだ教えてほしいことが、いっぱいあります!」

「何か他に僕が教える様な事ある?」

「その……フォビアの使いかたとか、まだぜんぜんですから!」

「でも、走ってる車を燃やせるって相当だよ。C機関でもやってけるんじゃないの? 冗談抜きで」

「あれは……あれはグーゼンです!」

「偶然?」

「はい。ぜんぜん……まだまだ」


 そうなのか? まあ本人が言うなら、そうなんだろう。怒りで我を忘れてフォビアを使ってしまったのかな? それならまだまだ訓練が必要だ。


「それじゃ今日は火を使う訓練だ。日常生活では火を全く使わないって訳にはいかないからね。ちょうど実験室にコンロがある。お湯を沸かしてみよう」

「はい!」


 いつかは穂乃実ちゃんも独立するんだろうと思うと、ちょっと寂しいな……。

 でも、いつまでも一緒って訳にはいかない。開道くんが自分の道を選んだ様に。

 その時までしっかり指導しよう。それも僕の役目だから。

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