「力」の正しい使い方

1

 ある日、僕は一階の食堂で昼食を取った後、エレベーターに向かっていた途中で、事務の都辻さんの姿を見かけた。都辻さんは何百通という大量の手紙を、未開封のままでゴミ箱に捨てていた。

 何をしているんだろうと疑問に思った僕は、都辻さんに話しかける。


「都辻さん、何やってるんですか?」

「わぁっ! ああ、向日さんですか……。ビックリしたぁ」


 都辻さんは心底驚いた様子で振り返って、僕の顔を見てホッと胸を撫で下ろす。

 僕は重ねて尋ねた。


「何してたんですか?」

「……嫌がらせの手紙の廃棄ですよ。偶に来るんです」

「結構な量に見えましたけど、大事な手紙とか混ざってませんか?」

「送り主の不明な物は受け取りません。そういう事に決まりましたので」


 僕のせいなのかな……。あの時、僕が多倶知の呼び出しに応じたから? そうだとしたら申し訳ない。


「それにしても多いですね。どんな内容なんですか?」

「知りません。嫌がらせなんですから、読む価値もありません」


 どうして嫌がらせだと決め付けるんだろう?

 僕はゴミ箱の中の手紙を一つ拾い上げた。


「やめてください。何してるんですか」


 都辻さんは僕の行為を非難する。ゴミを漁る様な真似は良くないとは分かっているけれど、どんな事が書いてあるのか知りたかった。

 僕は手紙をゴミ箱に戻さずに、封を切る。


「何が書いてあるのかと思って。差出人が分かるかも知れませんし」


 都辻さんは諦めた様に小さな溜息を吐く。

 僕は悪いと思いながらも手紙を開いて読んだ。


――お前らを見ているぞ。


 たったそれだけ書かれた、お手本みたいな怪文書だ。明朝体で印刷された文章は、筆跡を分からなくするための小細工だろう。

 僕は読んだ手紙をゴミ箱に捨てて、未開封の新しい手紙を手に取った。


――あの日、東京で何があったか、知ってるぞ。


 誰が何を知っていると言うんだろうか?

 僕は眉を顰めて手紙を捨てると、都辻さんに尋ねる。


「これってもしかしなくても監視委員会ですよね?」

「まあ、そうでしょう」

「警察に届け出た方が良くないですか? こういうのは全部証拠にして、業務妨害か何かで」

「ああいう手合は反応するとのぼせ上がるんです。何度もあった事ですから、放置していれば収まります」


 都辻さんは冷静に答えたけれど、今回もそうなるとは限らないんじゃないかと僕は思った。でも逆にそうならないという確証もないから、ここで不安がらせる様な事を言うのもどうかと思う。

 もう少し様子を見よう。その時はそう決めて見過ごした。



 それからも監視委員会の付きまといは続いた。一週間も経てば、他の皆も監視委員会の動きに気付く。

 寮にいる人達の間でも、そろそろ警察に通報した方が良いんじゃないかという話にまでなっていた。無視し続けるのにも限界がある。誰もが監視委員会への不満を溜め込んでいる。

 そんな中で、遂に恐れていた事態が起きた。


 僕と高台さんと芽出さんと、三人の引率で子供達と外出していた時の事だった。

 相変わらず監視委員会の車が僕達の後を付いて来る。十数m離れた場所から、のろのろと徐行運転して、威嚇のつもりか時々ハイビームを浴びせたり、クラクションを鳴らしたりする。

 監視委員会はリーダーの決まっている正式な組織じゃないから、団体として行動を制限させる事ができない。それが一番厄介だった。

 つまり尾行して来る連中を警察に通報して逮捕してもらっても、それは個人の行動という事になってしまう。もう何人も逮捕されているのに、一向に嫌がらせ活動が収まる気配はない。車はレンタルだそうだ。

 何度も後ろを振り返って車を警戒する僕に、高台さんは言う。


「気にするな、気にするな。どうせ手出しはできないんだ。構えば付け上がるぞ」

「……分かってます」


 そうは言われても、後ろから来る車を気にしないってのは無理だ。車はスピードを上げて、クラクションを鳴らしながら僕達を追い抜こうとしていた……。

 次の瞬間だ。急に車のボンネットが火を噴いた。もうもうと煙が上がって、車は僕達を追い抜いた場所で急停止。乗っていた一組の男女が転げながら脱出する。

 緊急事態に高台さんと芽出さんは子供達を押して後ろに下がる。僕も立ち尽くしていた穂乃実ちゃんを抱き上げて、車から離れた。

 故障だろうか? 最初はそう思っていたけれど、穂乃実ちゃんが真っすぐ車を睨んでいたので、僕は直感した。

 ……まさか穂乃実ちゃんがやるとは思わなかった。自分のフォビアを恐れていた穂乃実ちゃんが、人に危害を加える目的でフォビアを使うなんて。それだけ頭に来ていたって事なんだろう。


 僕は少しの間、火と煙を噴き上げる車を見ていたけれど、ハッと自分のやるべき事に気付いて、無力化のフォビアを使う。炎の勢いは急激に衰えて、大爆発を起こす事なく鎮火する。

 はぁ……上手く行った。僕は安心して小さく息を吐く。

 フォビアを使った犯罪は裁けない。どれだけ調査しても、配線の劣化だとか、バッテリーの異常で片付けられるだろう。監視委員会の連中の事は、いい気味だと思わなくもない。でも、今の穂乃実ちゃんの行動を肯定したらいけない。


 外出は中止になって、僕達はウエフジ研究所に戻った。一応、事故という事で警察に通報はしておく。これで連中が懲りてくれれば良いけれど……逆上する可能性もあるから、どうだろう? 超能力で危害を加えられたと認識したら、ますます何をするか分からない。こういう事態を引き起こすのが目的みたいな連中だからな。

 何かあった時に、僕は皆を守れるだろうか? 必ずしも僕が一人でどうにかしなきゃいけない訳じゃないけれど、そんな心配をしてしまう。

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