納得できない終わり方

1

 僕が地べたに座り込んだまま呆然としていると、バタバタと駆け付けて来る大勢の人の足音が聞こえた。スーツ姿の人達が続々と神社の境内に上がって来る。


「向日くん、大丈夫か?」


 知らない人に声をかけられる。誰なんだろう? 分からない。

 スーツ姿の人の中に、見覚えのある人がいる。C機関の兎狩だ。多倶知を命を奪ったのは銃弾だったのか? それとも……。

 スーツ姿の人達は何者なんだろう? C機関の人達か公安の人達か、もしかしたらどちらでもないかも知れないけれど、手際よく多倶知の死体をシートに包んでどこかへと運んで行く。整然とした動きは、いかにも訓練を積んでいる風に思わせる。獲物を運ぶアリみたいだ。

 僕は落ち着かない心で、それを見送っているだけ……。


「向日くん?」


 二度呼びかけられて、僕は尋ね返した。


「あなたは誰ですか?」

「公安の者だ。悪いが、君を見張らせてもらっていた」

「そうですか……」


 見張られていた事には驚きはない。何も……驚きはない。寧ろ、勝手に付いて来てくれる事を期待していた。前回と同じ様に。だけど……。

 公安の人は僕を心配して声をかけて来る。


「立ち上がれないのか? どこか怪我でも?」

「大丈夫です。体は何ともありません」

「何ともないなら良いが……疲れが出たか?」

「そうかも知れません」


 そうじゃない。そうじゃないけれど、そういう事にしておいた。今は……今は放っておいて欲しい。


 僕の願い通り、C機関の人達も公安の人達も、僕を置いて帰って行った。僕は神社の境内に一人、血の染み込んだ赤黒い地面を見詰めて、重苦しい溜息を吐く。

 この息苦しさは何だろう? ブレインウォッシャーは死んだ。もう僕達の脅威になる人物はいない。クモ女も、ハイフィーバーも、ブラッドパサーも、ブレインウォッシャー程の危険性は無い。安心して良いんだ。

 でも、僕はこんな決着を望んではいなかった……。

 僕は泣いていた。安心感なんかじゃない。悔しさでもない。ただただ悲しかった。


 僕は何も変わっていない。何も成長していない。アキラ、君が死んだ時から何も。

 僕はこの無力感を抱えたまま生き続けて行かないといけないんだろうか? これが僕のフォビアだから? 僕は人のフォビアを無効化できる。そして人をフォビアから救う事ができる。そう信じて来た。

 じゃあ、僕の無力感は? 誰が僕の無力感を失くしてくれると言うんだろうか?

 ……答えは分かり切っている。僕一人で乗り越えるしかない。



 十分か、二十分か、それとも三十分以上、もしかしたら一時間以上か、時間の感覚が分からない。とにかく長い時間が経った後、僕はようやく立ち上がった。悲しみは消えないけれど、もう流せる涙は無くなった。

 心の重さに反して体は軽い。空も快晴。何もかもだ。僕だけが世界に置いて行かれている気分になる。

 ああ、僕は大丈夫。こんな風に思うのも今だけさ。時間があれば立ち直る。

 アキラ、僕は変わりたい。君の命と引き換えに目覚めてしまった力だから、何の役にも立たせずに手放す事はしたくない。僕自身も無力なままで終わりたくはない。

 これからも何度も嫌な現実が僕を打ちのめすだろう。何度も君の死を思い出して、落ち込んだ気持ちになるだろう。だけど僕は挫けない。最も大きな挫折は、君が死んだ時に味わったから。

 何があろうと立ち直る。誓うよ。

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