3

 僕と多倶知は笑い合った後、同時に小さく息を吐いた。


「僕も聞きたい事がある。答えてくれ」

「何だ?」

「お前のフォビアを目覚めさせた大元の元凶の見当は付いているのか?」


 多倶知は視線を逸らして、少し考える振りを見せた。


「確証は無いが、それらしい奴は」

「誰なんだ? 教えてくれ」


 僕の言葉が意外だったのか、多倶知は驚いた顔をした後に、口角を少し上げて笑みを見せる。


「知ってどうする?」

「僕が……」


 僕が代わりに仇を取ってやってもいい。そう言おうとして……やめた。多倶知に理由があった様に、元凶の元凶にも理由があったかも知れない。理由があったからって許される事じゃないけれど、「殺す」とか「裁く」とか、そういう事は言えない。


「僕にもできる事がないかと思って」

「……本心から言ってるのか?」

「勿論お前を許せる訳じゃない。だけど、全ての元凶を放っておく訳にもいかない」


 多倶知は嬉しそうに笑った。


「俺の復讐の手伝いをしてくれるのか?」

「お前の態度次第だ。もし……もし、超能力者による革命を諦めるなら。罪をつぐなうつもりがあるなら」


 次の瞬間、僕は急速に空中に吊り上げられた。吸血鬼の時とは違って、背中から何かに引っ張り上げられている感覚がある。足が地面から離れて、地上数mで僕は宙吊りになった。

 僕は自分を吊り上げた物の正体を確かめようと、背中に手を回してみた。太いゴム製のロープの様な物で服が引っ張られているけれど、正体は分からない。

 多倶知が声を上げる。


知朱ちあき! 何のつもりだ!?」


 その声に応じて、御神木の上から女の人が降りて来る。見えないロープに掴まっているみたいに、ゆっくりスルスルと。

 一発で分かった。この人がクモ女だ。「チアキ」っていうのは、解放運動の中での呼び名だろう。本名は違うはず。

 ……つまり、僕はクモ糸で宙吊りにされているって事か?

 そう言えば、クモ女とは初対面だ。二度の保護作戦があったけれど、直接顔を合わせる事はなかった。クモ女は写真で見るよりかなり若く見える。もしかして未成年だったりするんだろうか?


「何のつもりはこっちのセリフ。何を勝手に一人で決めようとしてるの?」


 声に静かな怒りを表すクモ女に、多倶知は肩を竦めて言う。


「知朱、革命なんて無理だったんだよ。もっと現実的になろう」

「お前ッ! お前がそれを言うのかッ!!」


 多倶知の返答が気に障ったのか、クモ女は激昂した。

 それでも多倶知は少しも動揺せずに続ける。


「しょうがないんだ。吸血鬼も制定者も死んだ。今の俺達には革命に必要な指導者がいない」

「制定者はお前が殺したんじゃないかッ!! 革命の志も、フォビアも失くした奴はいらないって!!」


 制定者を殺した……? I県警前で爆死した制定者は、実は操られていたのか?

 多倶知、お前と言う奴はどこまで……どこまでも自分の都合のためだけに、全てを利用するんだな。少しでもお前を信じようとしていた僕が愚かだった。


 ――そう思った直後、多倶知が左胸を押さえて片膝をついた。

 クモ女が何かしたのか? 初めはそう思ったけれど、クモ女は慌てた様子で周囲を見回している。この場にはいない、第三者からの攻撃を受けた?

 多倶知はそのまま俯せに倒れて、動かなくなった。……死んだのか? こいつが、こんな事で? それとも死んだフリか?

 じわじわ地面に赤いシミが拡がって行く。出血だ。重傷なのか?

 動揺して混乱している僕を、クモ女が見上げて問う。


「お前か!?」

「ち、違う!」


 僕は驚きながらも首を横に振って否定した。

 クモ女は憎々し気な顔で舌打ちして、誰かに引き上げられる様に、杉の枝の中に姿を消す。

 多倶知の身に何が起こったんだ? これもフォビアの力なのか? 多倶知は倒れたまま、ぴくりとも動かない。本当に死んでいる?

 僕には何が何だか分からない。まだ混乱から立ち直れない内に僕を引っ張り上げていた力がフッと消えて、僕は落下した。クモ女がここから離れて、フォビアの効力が消えたんだろうな……って、そんな事を考えてる場合じゃない!

 僕は両手足を地面に着けて、這いつくばる様に着地した。結構な衝撃で手足が痛かったけれど、そのぐらい大した事はない。数mの高さで良かった。これが十m以上だったら死んでいたかも知れない。

 何とか怪我をせずに済んだ僕は、立ち上がって多倶知に駆け寄る。そして不意打ちを警戒しながら、慎重に多倶知に呼びかけた。


「おい、起きろ」


 だけど少しも反応が無い。血の臭いがする。錆びた鉄の様な……。

 よく見ると多倶知の背中には赤いシミがある。何かが多倶知の胸を貫通したのか? 僕は多倶知の側にしゃがみ込んで、左手首を取って脈を確かめた。

 ……冷たい。脈動が感じられない。


「死んでる……。あ、アキラ……」


 僕の脳裏に彼の死に様が思い浮かぶ。頭がくらくらする。

 こんな事って……あるのか? まるで彼が死んだ時みたいだ。地面にじわりと血の海が拡がって……。

 立ち上がって、よろめき、後退あとずさる。靴の裏に血が付いて、赤い足跡が残る。

 僕はよろよろと多倶知から離れて、尻餅をついた。

 これも因果なのか? 気が遠くなる。確かに僕は多倶知を恨んでいた。許せないと思っていた。でも、こんな風に死んで欲しかった訳じゃない。

 僕の目の前で何人が死ぬんだ? アキラ、霧隠れ、ブラックハウンド、多倶知……全部僕のせいだったりするのか?

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