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そのまた更に翌日――事件から五日目の事、上澤さんから召集のメールが届いた。内容は簡潔。このメールを送られた者は午後二時に会議室に集合の事。
時間通りに行ってみると、寮にいるフォビア持ちの人が全員集まっている。解放運動相手に大規模な作戦でも実行するんだろうか?
それにしても……皆、遅刻しないんだな。幼稚園でも小学校でも中学校でも、必ず一人は遅れて来る人がいたんだけど……好い大人なんだから遅刻なんかしない?
例によって副所長の上澤さんが少し遅れて入室して、全員が揃っている事を確認してから話を始める。
「さて、諸君……朗報と言って良いかは分からないが、解放運動のリーダーと目されていた制定者が死んだ」
「死んだ?」
真っ先に声を上げたのは諸人さん。最後まで黙って話を聞くタイプの人だと思っていたから、僕は少し驚いた。
上澤さんは深く頷いて続ける。
「I県警本部で爆死したとの事だ。その様子を記録した監視カメラの映像を送ってもらったから、皆で見よう」
上澤さんは天井からスクリーンを下ろして、プロジェクターにフラッシュメモリを差し込む。
息が詰まりそうな緊張した空気の中、皆して再生される映像ファイルに集中する。
どうやら建物の正面玄関に設置されていた監視カメラの映像みたいだ。白髪の男性が建物の前に移動して来て、大声で叫び出す。
「私が解放運動の『制定者』だ! 国家権力の犬め、よくもここまで私達を追い詰めてくれた! 私の野望は終わったが、ただでは死なんぞ!」
錯乱しているんだろうか? 制定者と名乗った男性は、上着を脱ぎ捨てる。彼が着ているベストのポケットからは、黒い箱がはみ出していた。
玄関前で警備していた警察官が慌ててどこかに連絡している。まばらに警察官が集まり始めて、何事かと遠巻きに見守る。
――I県、爆死? そんな感じの事を今朝のニュースで言っていた様な? でも、ニュースでの取り上げ方は見出しでさらっと触れる程度で、僕は頭のおかしい奴が出たんだなとしか思ってなくて、余り気にせずに流してしまった。
つまり、これから制定者は自爆する?
僕が映像を注視していると、上澤さんがプロジェクターの映像を止める。
「この後は自爆して終わりだ。グロいから映像はここで止めておく。じっくり見たい者はいるか?」
誰も見たいとは言い出さない。至近距離で爆弾が爆発して、人間がぐちゃぐちゃになって吹っ飛ぶんだろうから、そりゃ人に見せられた物じゃないし、積極的に見たい人もいないだろう。
じゃあ何のためにこんな物を見せたんだって事になるんだけど……。
「……誰もいない様だな。さて、皆の意見を聞きたい。ここまでの映像を見て、何かあるか?」
上澤さんは会議室の全員に問いかけた。
何かあるかって言われてもなぁ……。正直、短過ぎるし映像も画質が余り良くないから、自爆したのが制定者だと分からないんじゃないか?
そう思っていると、復元さんが発言する。
「自爆したのって、本当に制定者なんですか?」
そうそう、その通り。復元さんは誰もが疑問に思っている事を言ってくれた。当たり前の事を言うって大事だよ。
上澤さんも頷く。
「それが問題なんだ。死体は爆散してしまった。肉片からDNA鑑定をしたが、身元は分からず終い。戸籍があるかも怪しい。一応、専門家が監視カメラの映像と目撃者の記憶から、モンタージュを作成したんだが……」
そう言って、上澤さんはモンタージュを拡大してスクリーンに映して見せた。現れたのは見ず知らずのおじさんだ。年齢的にはお爺さんかも知れない。
上澤さんは諸人さんに尋ねる。
「諸人、見覚えは無いか?」
「そう言われましても……。何十年も前の事ですから」
「無理か」
日富さんの話だと、制定者は1990年代に活動してたんだっけ。その後は生きているか死んでいるかも分からない状態だった。
せっかく取り入った新興宗教の後ろ盾を失って、吸血鬼も不死同盟から除名されてしまって……解放運動が追い詰められていたのは間違いないんだけれど、だからってこんな全てを投げ出す様な死に方をするんだろうか? これで解放運動の事は一件落着としてしまって良いんだろうか?
上澤さんは改めて会議室の全員に言う。
「もし本当に、爆死した人物が解放運動の制定者なら、解放運動の脅威は去った事になる。だが、現時点でそう断じるのは早計だと思う。何か気付いた事や意見のある者は、いつでも構わないから私の部屋を訪ねてくれ。以上、解散」
上澤さんの号令で、僕も含めた全員が会議室を後にする。
本当に制定者が死んだなら、残っている解放運動のメンバーは、クモ女にブレインウォッシャーにハイフィーバー、ブラッドパサー……。少なくともこの四人は健在だから、まだまだ油断はできない。でも、制定者を失った影響は小さくないだろう。
――本当に制定者が爆死したなら。
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