失われた命を思う

1

 翌朝、電力は一晩で無事に復旧した様で、昨夜の停電の被害状況がニュースや新聞で伝えられる。推計で死者は数千人、負傷者は数十万人にのぼる見込み。

 ただ原因は停電中の混乱としか伝えられなかった。野犬の遠吠えに怯えた人々が、暗闇の中で集団パニックに陥ったと……。

 僕と笹野さんは追加で数日は東京に残る事になった。具体的に何をするという指示があった訳じゃなくて、都心のビジネスホテルで待機するだけだけど。


 その日の午後に、笹野さんから日本武道館から病院に運び込まれた二人の死亡が知らされた。


「向日くん、病院で解放運動の二人の死亡が確認された」

「死んだんですか……」


 やっぱりとしか思えなかった。予想はしていた事なんだけれど、僕は落ち込んだ気持ちになる。

 数十万人という死傷者を出した罪は、死刑になるには十分だろう。二人は実行犯に相当する。だけど、あんな死に方は……。

 裁判で死刑になるのと何が違うのかとも思うけれど、僕の目の前で死んで欲しくはなかった。数千人の死も目の前で起こった訳じゃないから耐えられる。

 ……僕は利己的な人間だ。激しい自己嫌悪に陥る。この感覚はアキラが死んだ時と似ている。


「死んだのは、霧隠れとブラックハウンドだ。もう一人は見付かっていない」

「アッカって呼ばれてましたけど」

「そいつは『ワースナー』だな。解放運動の一人で、状況を悪化させるフォビアを持っている」

……」

「悪化と言うか壊滅と言うか、とにかく被害を派手にする能力だ。扱いの難しいフォビアだな」


 僕の気持ちは更に落ち込んだ。ワースナーには行き場が無かったんだろう。状況を悪化させるフォビアなんて、どこへ行っても問題児にしかならない。

 本来なら真っ先にF機関が保護すべき対象なんだけど、網に引っかからなかった。そうやって取り零された人が、反社会的な行動に走ってしまうんだろう。不要なフォビアなんかいないって反論したくても、自分のフォビアをどう思うかは人それぞれだから何も言えない。実際、悪化のフォビアが何の役に立つって言うんだ……。


「今回の騒動を口実に、警察が全教一崇教に破防法を適用する。文科省も宗教法人の認可を取り消す。これで解放運動は宿主を失うだろう」

「超能力を使った犯罪に、破防法が適用できるんですか?」

「教団の関係者が送電網の破壊を監視していた。解放運動を完全には信用し切れていなかったんだろうな。それを公安が見付けて尾行していた。そこで教団本部との通信を傍受して、関与確定という訳だ。連中は停電後の回線混雑を見越して、携帯電話じゃなくてトランシーバーを使っていた。一般人に警電は使えないからな」


 詳しい事は僕には分からないけど、解放運動が弱体化するなら良い。そのまま潰れてくれるとありがたいけど、勝手に潰れてくれる様な組織じゃないから、どこかで決着を付ける必要があるんだろう。

 その時の事を考えると、また気が重くなる。

 はぁ……後ろを向いてばかりじゃいけないな。必ず誰かが死ぬって決まってる訳じゃないんだ。これからの僕の心がけ次第だと思おう。


 他にする事もなくてテレビのニュースを見ていると、都内で野犬狩りが始まると伝えられた。停電の混乱の中で野犬の遠吠えを聞いて、野犬に襲われると思った人々がパニックになって、今回の悲劇が起こった。世間的には、そういう事で片付けられるらしい。

 本当はフォビアの影響だし、野犬狩りなんかしても無意味だ。そもそも東京に野犬がどれだけいるのかって話でもある。だけど、何か理由を付けて対処しないと不安は解消されないんだろう。

 停電は現時点では「何者かの仕業」という事しか報道されていなかったけど、事故じゃなくて人為的な物だという事は確定している様だった。



 夜になると、また笹野さんから話がある。


「明日、警察が教団本部に突入するらしい」

「早過ぎませんか?」

「事件が事件だからな。逃亡も証拠隠滅も許さないという事だろう。そこで向日くんにも同行して欲しいと相談があった」

「それは構いませんけど、本部ってどこなんですか?」

「八王子市の西の山の中だ」


 八王子って言われても東京の西の方って事しか分からないけれど、山の中なんかに本部があるのか……。都市部にあるんだとばかり思ってた。どんな企業でも団体でも何となく本部は都心ってイメージがある。


「他に誰か来るんでしょうか?」

「フォビア持ちは君だけになると思う」

「やっぱり急な事で予定が立てられないんでしょうか」

「それもあるが、今すぐ動ける者には別の仕事もある」

「別の仕事?」

「解放運動の連中が、大人しくしているとは限らないからな。他の主要都市でのテロも警戒する必要がある」


 それならしょうがない。僕以外にもフォビアを持っている人がいると気持ちが楽になったんだけど、ただそれだけのために人手を割いてもらうのも申し訳ないし。


 ……僕は表面上は何でもない風を装っていたけれど、本当は怖かった。また誰かが死ぬんじゃないかって。

 どうか何事も起こりません様に。全教一崇教の人達も警察に抵抗しないでくれるとありがたい。そう必死に願ったけれど、願うだけじゃ無意味だと心のどこかで諦めている自分もいる。

 霧隠れもブラックハウンドも死んでしまった。その事実が心の底に重く沈み込んでとどまっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る