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 武道館の裏手には二台の白いワゴンカーと一台の大型トラックが停まっている。

 トラックの方は集会で使った道具を運搬するために置いてあるんだろうけど、この三台のどれかに天衣さんが隠されているかも知れない。

 あっ……勢いのままに来たは良いけど、僕には車の中身を調べる正当性が無いぞ。警察じゃないんだから、捜査権があるはずもない。ああー、どうしよう……。悠長に公安の人が来るのを待っていられない。一刻を争うんだ。

 僕は一度足を止めて、笹野さんに振り向いた。


「笹野さん、確認させてください。天衣さんは見付かりましたか?」

「いや、まだ見付かっていない」


 他の公安の人も天衣さんを見付けていない……と。僕の嫌な予感は当たっているかも知れない。


「話は変わりますけど、公安の成場さんって知ってますか?」

「いきなり何だ? 成場という名前の者なら、今回の作戦に参加しているが……」

「成場さんが裏切ったかも知れません」

「裏切った? まさか隠れ教徒だったのか!?」

「そこまでは分かりませんけど。僕の事をニュートラライザーと言っていました」

「ニュートラライザーは公安が君のフォビアに付けた仮の名前だ」


 そうだったのか……。僕の知らない所で勝手に独自の呼び方を決められても困るんだけど。いや、今そんな事はどうでもいい。


「僕が武道館の周りを歩いていると、成場さんがいきなり警棒で僕に殴りかかって来たんです。あの人は普通じゃありません」

「操られていたのか?」

「違うと思います。僕がフォビアを使っても何も変わりませんでした」

「俄かには信じられないが……全部筒抜けだった可能性があるのか」


 笹野さんは愕然としていた。僕も信じたくはないけれど、事実から目を逸らす訳にはいかない。


「そういう訳で、あそこにある車のどれかに天衣さんがいるかも知れません」


 僕と笹野さんが話し合っている間に、一台のワゴンカーが動き出した。運転席でハンドルを握っているのは……成場だ!

 僕は笹野さんに言う。


「笹野さん、あの車! 成場が乗っています!」

「何だって!?」

「どうにか止められませんか!?」

「無茶言うな!」

「大人なんでしょう!?」

「大人は万能でも何でもないんだよ! 腕尽くで止めろとでも言うのか!」


 笹野さんの言う通り、走り出した車を人力で止めるのは無理だ。ボディービルダーぐらい筋肉があれば、どうにかできるかも知れないけれど。

 ……待てよ。合法的に止める方法があるじゃないか!


「笹野さん、誰でも良いですから公安の人を呼んでください!」

「ああ、今そうしようと――って、おい! 向日くん、何をするつもりだ!」


 人を撥ねたら轢き逃げの現行犯だ。当たり屋みたいだけど、それでも足止めぐらいにはなるはず。まだ車は発進したばかりで、そんなにスピードを出していない。時速20kmぐらいなら、撥ねられても大丈夫かも知れない。いや、大丈夫じゃない……? ええい、迷っている場合じゃない!

 僕は死ぬとか全然そんな事は考えていなかった。もしかしたら天衣さんのフォビアが僕にも働いていたのかも知れない。

 僕はスピードを上げるワゴンの前に飛び出して……。


 そこから先の記憶が無い。気が付いたら、どこかも分からない病院のベッドの上で寝かされていた。



 どうやら僕は車に撥ねられて気絶して、近くの病院に運び込まれた様だ。笹野さんが気を失っている間の事情を教えてくれた。結局、天衣さんは見付からず、成場も取り逃がしてしまったという。お仲間が交通事故を起こしたという口実で、もう一台のワゴンカーとトラックの方は調べられたけど、何も見付からなかったらしい。

 幸い僕は大きな怪我をしていなかったという事で、今すぐにでも退院したいところだったんだけど、もう夜になるからと病院で一泊する事になった。


 問題は……今夜十一時に行われるというだ。全教一崇教は何かを起こす。

 天衣さんのフォビアについて詳しい事を知っていれば、計画を中止するかも知れないけれど、笹野さんの話では公安は天衣さんについて何も知らされていないらしい。

 C機関の秘密主義が良い方に出た。いや、本当に良かったのか? どんな悲惨な事が何が起こるのかも分からないのに。

 正直、僕は入院している場合じゃないと思う。何かあったら黙って病院を抜け出すぐらいの事はやるつもりでいる。

 ……僕もすっかり悪い人間になってしまったみたいだ。違法だとか、人に迷惑をかけるとか、そんな事を気にしなくなってしまっている。



 午後九時、僕は誰もいない病院の談話室で、携帯電話で笹野さんと話をする。


「笹野さん、今夜の天罰について何か分かりましたか?」

「それの事だが、恐らく停電を起こすつもりだと思う」

「ああ、『光が失われる』って奴ですか」

「そうだ。襲撃に備えて都内の発電所や変電所の警備を厳重にしているが、超能力を使われたらどうなるか分からない」

「C機関に動いてもらう訳にはいかないんですか?」

「時間が無さ過ぎる」


 預言した当日に行動を起こすとは誰も思わなかった。この日のために入念に計画していたのか……いや、天衣さんのフォビアの影響による無計画な思い付きなのかも。

 返す返す天衣さんを回収できなかった事が悔やまれる。どこの発電所を襲撃するか分かったかも知れないのに。


「僕も出た方が良いでしょうか?」

「いや、君は休んでいてくれ。車に撥ねられたんだぞ」

「大した怪我はしてないみたいですけど」

「それでもだ」


 笹野さんの声には少し怒りが感じられた。

 今日は勝手な事をやり過ぎた。もう大人しくしていたいところだけど、事によってはそうもいかない。冗談じゃなくて、本気で僕は悪人に近付いていると思う。少なくとも、もう黙って大人の言う事を聞くだけの良い子ではいられない。

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