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 誰もが祈りを捧げているのか、沈黙が場を支配する。長い長い沈黙だ。

 それから数分後に突然、教主が大声を張り上げた。


「おお、聞こえました! 聞こえましたぞ! たった今、天の大いなる唯一の神よりご託宣が下りました。私は預言者として、この場にいらっしゃる皆様に天の声をお届けしましょう! 皆々様、今一度お祈りください! きっと皆さまにも天の声が届く事でしょう!」


 そんな訳ないと僕は思っていた。それでも敬虔な信者達は祈りを捧げ続ける。


(敬虔なる者達よ。救いの方舟に乗る者よ。悪しき者共に誅罰が下ります。審判の時です。人の法も人の理も忘れなさい。ただ天の声だけを聞きなさい。そこには天の法と天の理があります。天は人に優先します)


 ……僕にも聞こえたぞ。まじめに祈ってなんかいないはずだけど。これはフォビアなのか? いや、超能力のテレパシー?

 僕は祈る振りをしながら、怪しい人を探す。でも全員同じ姿勢で祈っているから、誰がやっているのか分からない。

 まだ声は続いている。


(今こそ救済の時です。敬虔なる者達には、誅罰を避けるすべを授けましょう。心して聞きなさい。今夜十一時から一時間、世界から光が失われます。その時に明かりを絶やしてはなりません。この事は絶対に他言してはいけません。神との約束が守れない人を神は守りません)


 大人の男性っぽい声だけど、聞き覚えは無い。でも十中八九、解放運動の奴等が裏で何かしているだろう。僕の知らないメンバーがまだいるんだ。

 偽の神は丁寧な言葉遣いで分かり易い言い方をしていたけれど、堂々とした言い方だから何となく本物の神様っぽさがある……。いや、誰もなんて知らないんだけどさ。

 今夜十一時に何が起こるんだ? ……あぁ、違うな。こいつ等は


「皆様、お聞きいただけたでしょうか!? 今夜審判が下るのです! 大いなる唯一の神の言葉を信じましょう。そうすれば必ず救われます!」


 どうやらこれで神の言葉は終わりらしい。教主は力強く断言した後、来賓の国会議員と社長達に向けて言う。


「ご来賓の皆様方もお聞きしたはずです! これは大いなる唯一の神のご慈悲です。どうかこの事をお忘れなき様に!」


 恩着せがましい。来賓席の全員、困惑しているぞ。そもそも組織票とか信者の動員を目当てに参加しただけで、本気でこんなカルト宗教を信じてる訳ないだろうに。

 しかし、信じてもないのに集会に参加する大人も大概だな。根性が腐ってる。


 教主の演説に続いて来賓の挨拶が始まったけど、教主の預言の内容には触れずに、当たり障りのない称賛を繰り返す。


「本日はお招きにあずかりまして、誠に光栄に存じます。大いなる唯一の神の下、六波羅ろくはら教主と全教一崇教、そして教徒の皆様の一層の繁栄をお祈り申し上げます。近年我が国の情勢に鑑みましては――」


 そこまでは狂えないという事だろう。良くも悪くも、世の中その程度だって事だ。


 そして信者達による合唱があり、集会が終わろうという段階になって、再び教主が演壇に上がった。


「皆様お聞きください。この中に不信心者が混ざっている様です。天の大いなる唯一の神は敬虔なる信徒の集いが汚された事を大いにいかっておいでです」


 僕は潜入がバレてしまったのかと思った。だけど誰でも良いからと言って人を招き入れたのに、今更こんな事を言うのは変じゃないか? 罠? いや、罠だったら神様からのお告げを伝える必要もないだろう。

 教主の視線は来賓席に向いている。ああ、成程……教主は来賓を脅しているんだ。神の言葉を本気で信じている様子じゃないから、心変わりさせようとしている。

 誰かが超能力を使う。僕は改めて怪しい動きをする人がいないか目を配った。


「大いなる唯一の神は、不信心者に奇跡をお示しになるおつもりです。お覚悟は宜しいですか?」


 次の瞬間、来賓席に座っていた国会議員の一人が宙に浮いた。


「おっ!? おおおっ! お、下ろしてくれ!」


 痩せ身の老人の国会議員は地上四mぐらいの高さまで持ち上げられて、わたわたと手足を動かし、体を支える物を探し求めている。

 こんな事ができるのは奴しかいない。吸血鬼がいる! そう直感して、僕は館内を見回した。だけど怪しい人は見付からない。

 教主は笑顔で宙吊りの議員に問いかけた。


「先生、お分かりいただけたでしょうか? 大いなる唯一の神は我々と共にあられるのです。心を改めてお祈りください。過ちを悔い、許しを乞うのです。さすれば慈悲深き大いなる唯一の神は、あなたを許されるでしょう」

「い、祈る! 祈る……」


 老人の議員は両手を組み、目を閉じて祈り始めた。


「もっと真剣に! 神はあなたの心をご覧になっていますよ!」

「はい! はい!」


 そうすると議員がゆっくりゆっくりと数cmずつ地上に下り始める。若手の議員や秘書達が下で懸命に手を伸ばして受け止めた。

 こんなやり方で……と思ったけど、案外効いているみたいだ。国会議員も社長達もすっかり恐縮してしまって、揃って表情を強張らせ、迂闊に動く事も言葉を発する事もできないでいる。

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