2

 任務の三日前、僕は上澤さんから絶対に他言しないという条件で、C機関の天衣さんからの報告をまとめた書類を読ませてもらった。

 天衣さんの任務は、全教一崇教を崩壊させる事。全教一崇教は超能力解放運動の協力を得て、それまで隠し続けていた(抑えていた)野望を大きく膨らませた。そして天衣さんのフォビアの影響で、その野望は破裂寸前だという。……牛とカエルの昔話かな?

 教主は暴走状態で、解放運動に無謀な要求を突き付けているという。超能力を過大評価して、解放運動の現実的な提案に不満を持っているんだそうだ。つまり「超能力さえあれば、もっと大胆に事を運べるだろう」と決め付けていると。

 認識のズレが原因で解放運動がなかなか教主の言葉に従わないから、教主は解放運動を役立たずとののしったり、反意を持っているんじゃないかと疑ったり、それが一転して急に楽観的になったり、フォビアの影響で精神が錯乱し始めている。

 膨らみ続ける野望と、前進しない現実のギャップを解消するために、教主は大きな計画を実行に移す事にした。それが東京の日本武道館で開かれる「全国集会」で明らかになるらしい。

 全教一崇教の全国集会は各地の支部長の他に、支援している政党や企業の関係者も呼び寄せる大セレモニーだそうだ。その内容は教主の預言を聞くという、どうしようもない物だけど。

 教主は今年の全国集会では、いつもの政治家の秘書や企業の役員だけじゃなくて、大物政治家や大会社の社長を参加させようとしている。その下準備に解放運動が苦心しているとも書いてあった。まだ何も成し遂げた訳じゃないのに、もう気分だけは大物なんだ。教主だけじゃなくて、全教一崇教の幹部級の人物は、全員が同じ様な精神状態にあるらしい。それも天衣さんのフォビアの効果なんだろう。


 書類を読んだ僕は、解放運動も大変なんだなと思ってしまう。今は全教一崇教の軒を借りている身分だから、逆らう訳にも見捨てる訳にもいかない。最終的には母屋を乗っ取る算段でも。


 とにかく僕は全教一崇教の全国集会に紛れ込んで、天衣さんを連れ出さないといけない。写真があるから顔は分かるんだけど、大勢が集まるだろう集会で天衣さんを的確に見付け出せるかは分からない。僕以外に公安の人も同時に潜入するから、必ず僕が連れ出す必要は無いんだけどさ。

 どうあれ天衣さんが無事に武道館から脱出できればそれで良いんだ。僕も公安の人も有事の備えに過ぎない。

 ……そう思っていたんだけれど、この全国集会で警察が破壊活動防止法(破防法)の予防適用に踏み出せる様にするのが、天衣さんの最終目的らしい。だから僕や公安の人達が、この集会に紛れ込む必要があるとの事だった。

 果たして全国集会で何が起こると言うんだろう?



 そして迎えた、全教一崇教全国集会当日。僕は笹野さんに連れられて日本武道館に来ていた。ここが例の全国集会の会場。正直、落ち目の新興宗教が無理をしているという印象しかない。

 僕は解放運動に顔を知られてしまっているから、どうやって潜入するのか疑問だったんだけど、黒縁のフレームが厚い眼鏡とマフラーを着けるだけという変装とも言えない様なごまかしで、簡単に乗り込めてしまった。天衣さんのフォビアが働いているにしても、警戒が緩過ぎじゃないだろうか?

 どうも今回の集会は政治家や社長の招待に力を入れた反動で、一般の信者の集まりが悪いという、おかしな結果になっているらしい。一般の信者は放っておいても勝手に集まるかと思っていたら、そうでもなかったと。慌てて動員をかけても昨日今日で人が集まるはずもなく、そんな訳で信者じゃなくても誰でもいいから空いた席に賑わいが欲しいんだそうな。

 解放運動を取り込んだとは言っても、衰退勢力である事に変わりはないのに、その認識まで狂っているとは恐ろしい。


 館内は薄暗くて、ステージの演壇の周辺だけがライトで照らされている。座席が埋まっているのは前方だけで、後方はガラガラだ。全体の十分の一も埋まっていないんじゃないだろうか?

 それでも後方は暗いし、明るい前方にだけ人が集中していれば、パッと見では席が埋まっている様に錯覚させられるんだろう。

 僕は適当に余り目立たない端の方の空席に座って、集会が始まるのを待つ。


 約二十分後、司会者から当たり障りのない開会の挨拶があって、いよいよ教主の演説だ。年齢は五十ぐらいだろうか? 年寄りと言うには少し若い男性がステージ上の演壇に立つ。


「本日は教団をご支援してくださる国会議員の先生方や、東証一部に上場している一流企業の社長の方々にお越しいただいております。この場にお集まりいただいた皆々様には大いなる唯一の神の祝福があるでしょう。今現在、我々が日々を平穏に過ごせているのも、全て大いなる唯一の神のご加護があっての事。そう、日本は正しく神州であり、大いなる唯一の神の庇護の下にあるのです。しかし、この平穏がいつまでも続くと思ってはなりません。多くの国民は不信心にも、大いなる唯一の神のご加護を忘れ、私欲に溺れて快楽を貪っています。そうした怠惰と不信心が悪魔をのさばらせるのです。悪魔は現実に顕れつつあります。悪しき者が富み、正しき者が貧しくなり苦しむという最悪の形で。しかし、この様な惨状を大いなる唯一の神が見過ごされるはずがありません。私は預言者として申し上げます。今日この日、大いなる審判が怠惰な民に下るでしょう。天の大いなる唯一の神は、その慈悲の御心で我々をお救いくださいます。この場にお集まりいただいた皆々様は、正しき心の持ち主です。故に大いなる唯一の神の救いがあるでしょう。心正しき富める者には更なる繁栄を、心正しき貧しき者には慈悲の手を、そして心悪しき者共は滅ぶのです。皆様お祈りを。怠惰な民に天罰を! そして敬虔なる者に祝福を!」


 教団の関係者は座ったままで両手を組んで俯き、祈りの姿勢に入る。僕も形だけ祈る振りをして、その場の流れに従った。


「祈りの力を集めるのです。大いなる唯一の神よ、あなたの忠実なしもべ、心正しき者をお救いください。あなたの敵、心悪しき者を滅してください。世は心正しき者のためにあり、悪しき者のためには何も無い事をお示しください……」


 宗教ってのはよく分からない。これが正しい宗教の形なのか? 自分の幸福を願うだけならまだしも、他人の不幸を願う宗教があるのか? こんなのがよく宗教法人として認められたなと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る