潜入! カルト集会
1
十一月、「涼しい」を通り越して肌寒さを感じる時期になった。
これまで解放運動に表立った大きな動きは無かったけれど、裏で何をしているか分からない怖さがある。何しろブレインウォッシャーがいるんだから。実際には公安がマークしているんだろうけど、その辺の情報は末端の僕には入って来ない。
そんなある日、僕は副所長の上澤さんから特別な任務を言い付かった。それが全教一崇教に潜入したC機関の工作員の回収。
工作員の名前は「
天衣さんはそういうトラウマを持っていたんだろうと分かってしまう。
任務の実行は一週間後という事で、それまでに僕は護身のため、元警官というお爺さんの訓練を受ける事になった。訓練内容は総合武術の体得。
総合武術って何だろう? 前から予定はされていたみたいなんだけど、今回の訓練は
場所は地下の第二実験室。僕が実験室に入ると、白髪のお爺さんが室内で座禅を組んで瞑想していた。達人めいた雰囲気。
この人が例の元警官の人かな?
「おはようございます」
僕が声をかけると、お爺さんはカッと目を開けてこちらを見る。
「よもや、この時代に総合武術を受け継ぐ者が現れようとはな」
……何を言ってるんだ?
「名前を聞こう」
「向日です」
「良い名前だ。遥か遠くを目指す様な……」
本名じゃないから褒められても余り嬉しくないなぁ……。
お爺さんは僕を見詰めて語り始める。
「先代から技を受け継いで五十年、ようやくこの時が訪れた。軍も警察も近代化の波に押され、殺人術の軽んじられる時代にあって、君の様な若い者が
殺人? 今、殺人術って言ったか? 聞き違いじゃないよな?
お爺さんは徐に立ち上がると、僕の両肩をがっしり掴む。僕より背が低くて体も弱そうなのに、妙な力強さがある。
「体付きは十分。後は鍛え方だな。私の持てる限りの技を伝授しよう」
「あの、あなたは……」
「おっと、これはしたり。名乗り忘れていた。私は
「さ、殺人武術!?」
「江戸から明治、軍隊にも取り入れられなかった幻の技。その封印を今こそ解こう」
「ちょ、ちょっと待ってください! 僕にその殺人術を!?」
「そうだ。是非にと頼まれた。この先いくつもの試練が君に訪れるだろう。その時のために、戦う力を与えて欲しいと」
「だからって殺人は……」
悪い奴等を止める事に
死をイメージするだけで、彼の事を思い出してしまう。どんな人間でも死んで良いなんて事は……。
「
いきなり怒鳴られて、僕はびっくりして固まった。
……何? 自惚れ? 僕が自惚れているって?
僕は完全に動揺してしまって、どう反応したら良いか分からない。そこへ五縞さんは言葉で追撃をかける。
「ド素人がっ! 一つ二つ技を覚えたぐらいで簡単に! 人を殺せる様になると思っているのか!」
それはごもっともなんだけど、何だろう……この理不尽さ。
その後、五縞さんは急に冷静になって話を始めた。
「基本は急所狙いだ。目、鼻、耳、顎、喉、
真顔で言われるから怖い。僕に人殺しをしろって言うのか?
「その……殺さない時は?」
「四肢を折れ。手を使えなくさせたければ、肩か腕の関節を破壊しろ。体重をかければ意外に脆い。足を使えなくさせたければ、
それから昼休憩を挟んで夕方まで、僕はみっちりと実演を交えた殺人武術のレクチャーを受けた。午前中で終わると思っていたら、午後までずっとだったから驚いた。
レクチャーの内容も綿の詰まった人形を人体に見立てて、ただただ急所を打ち続けるという……。
五縞さんは「必要なのは腕力よりも度胸だ」と言った。どれだけ躊躇わず、どれだけ正確に急所を突けるか、それが全てだと。人形だからまだいいけれど、本物の人間でも同じ事ができるんだろうか?
陰鬱な気分にさせられる嫌な訓練だった。それだけの危険が待ち構えているという事なんだろうか……。
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