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 雨田さんは雷を落とす前に、わざわざ宣言なんかしない。閃光とほぼ同時に雷が避雷針に落ちる。正直、止めるどころの話じゃない。

 一向に落雷を止められない僕を、雨田さんは叱り飛ばす。


「どうした、向日! これが実戦なら、何人の仲間が死んでいると思う!」

「いえ、その……」

「諦めるのか?」

「いいえ!」


 四の五の言ってる場合じゃない。閃光と同時に雷が落ちるなら、僕も同時にフォビアを使うしかない。

 パッと空が光る。ああ、やっぱり間に合わない。閃光に目をやられない様に、僕は反射的に両目を閉じる。

 雨田さんの言う通り、これが実戦なら確実に人が死んでいる。フォビアの不意打ちを止める事は不可能なんだろうか? 僕は無力感に襲われる。

 ……だけど、今回は少し様子が違った。落雷の後の衝撃が来ない。空気の震えも起こらない。落雷を止められたのか?

 僕はゆっくり目を開けて、雨田さんを見る。

 雨田さんは不思議そうな顔をしていた。


「今のは何か違ったな。無効化できたのか?」

「いえ、分かりません。どうでしたか?」

「俺にもよく分からん。落雷の衝撃は無かったが」

「できたかも知れません」

「もう一度やるか?」

「はい、お願いします」

「今、フォビアは使ってないよな?」

「……多分」


 僕は自分で無効化のフォビアが発動したか、確認する方法を知らない。反射的にフォビアを発動させられるかの訓練だから、最初から無効化の効果が持続していたら意味が無い。

 雨田さんは苦笑いした。


「取り敢えず、二発目を無効化してくれ」


 そう言い終えるが早いか、一度目の落雷がある。閃光、そして破裂音と同時に空気が震える。今は無効化は発動していないみたいだ。

 ……自分のフォビアなのに使ってるか使ってないかも分からないのは、どうにかならないのかな――とか何とか思っている間に、空が閃く。二発目だ。

 あっ、遅れたかも知れない! 僕はフォビアを発動させようと、避雷針に意識を集中させる。破裂音が耳をつんざく。間に合わなかったか……と思っていたけど、空気の振動が襲って来ない。


「少し遅れたな」


 雨田さんに指摘された僕は愛想笑いでごまかした。


「だが、まあ……これだけできるなら良いんじゃないか? 実戦でも十分通用するレベルだろう」

「落雷に間に合ってないんですけど、それは良いんですか?」

「人間の反射には限界がある。雷の発生から落雷まで間に合う訳ないだろ。光速より遅いと言っても、音速の500倍だぞ」


 そんな事を言われても、僕は光速が一秒で地球を七周半する事しか知らない。つまりは僕の反射が遅いって訳じゃないのかな?


「まあ所詮は訓練だからな。来ると分かっていて来るのと、急に判断を求められる現場とでは、また違うだろう」


 雨田さんの言う事はもっともだ。


「じゃあ、どうしたら良いんでしょうか?」

「どうもこうも……場慣れするしかない。現場に出て、成功体験を積み重ねる。他に無いだろう。今日の訓練は終わりだ」

「え?」

「フォビアを使うのもタダじゃないんだぞ。訓練を始めて、もう一時間ぐらい経つ。俺は疲れた」

「そ、そうですか……」


 どうにか落雷を無効化しようと必死だったから、時間の感覚が無かった。もう一時間も経っていたのか……。

 残念がる僕に、雨田さんは眉をひそめて告げる。


「また気が向いたら呼べ。暇だったら付き合う」


 そのまま雨田さんは一人で塔屋の中に戻って行った。

 そっけないけど優しさを感じられる。雨田さんに対する苦手意識も少しは軽くなっただろうか……?


「――あっ! 置いて行かないでください!」


 屋上に一人残された僕は、慌てて雨田さんの後を追う。

 ビルの中には二つのエレベーターがあるけれど、屋上まで着くエレベーターは一つしかないから、乗り遅れると数分待つ事になってしまう。



 その翌日のカウンセリングで、僕は日富さんに意外な事実を知らされた。


「向日くん、大事な話があります」

「えっ、何ですか……?」


 神妙な面持ちと声音で言われて、僕は何か悪い事でもあったのかと不安になる。


「以前から疑いはあったのですが」

「はい」

「あなたのフォビアは無効化じゃないですね」

「えっ……? じゃあ何なんですか?」


 今まで僕は無効化だと思っていたのに、違うって言うなら何なのか? ちゃんと超能力の無効化はできていたから、全く無関係な能力って訳じゃないだろうけど。無効化じゃないなら……封印とか、妨害とか……? 無効化と何が違うんだ?


「あなたのフォビアは無力化です」

「……無効化とどう違うんですか?」

「効果の対象が超能力だけではありません」

「超能力以外に、何を無効化できるんですか?」

「正確な事は分かりませんが、少なくとも超能力によって引き起こされた物理的な現象までも、無力化の対象に含まれている様です」

「……どういう事ですか?」


 何でも無効化できる訳じゃないって事しか分からないぞ。

 日富さんは「私見ですが」と断りを入れながらも、僕に説明してくれる。


「例えば、最初にあなたがここに運び込まれた時……建物が焼け落ちる程の大火事でありながら、あなたも平家穂乃実もほぼ無傷でした。ただ超能力を無効化するだけであれば、それはあり得ません」

「そうなんですか?」

「超能力の無効化で止められるのは、最初の発火現象だけです。火が燃え移ってしまったら、もう超能力とは独立した物理現象になってしまいます」

「あの……それって最初から僕のフォビアが超能力の無効化じゃないって分かってたって事じゃないですか?」

「その時は確証が無かったんです。あなたの記憶も曖昧でしたし」

「昨日の雨田さんとの訓練で確証が持てた……?」

「そうです。落雷に伴う衝撃はフォビアとは無関係な物理現象ですから。それを止められたという事は、無効化するのはフォビアだけではないという事です」

「そうなんですか……」

「そうなんですよ」


 僕のフォビアは無効化じゃなくて無力化だった。だけど、何をどこまで無効化――じゃなくて無力化できるか、正確には分からない。

 ……余り気にしない様にしよう。僕のやる事が変わる訳じゃない。ちょっと無効にできる現象の範囲が広がっただけだ。


「あー……僕の名前、のままで良いんでしょうか?」

「変えたいんですか?」

「いや、そういう訳じゃないんですけど」

「それなら変えなくても良いでしょう。副所長が能力になぞらえたコードネームを付けるのは、単に名付けに悩まない様にするためで、義務でも何でもないですから」


 ああ、そうだった。自分でコードネームを決められるんだから、必ずしも名前が能力と関連している必要は無いんだ。C機関の人も能力に関連した名前だから、そうしないといけないと思ってた。

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