本当の能力は?

1

 僕達がウエフジ研究所に帰って来たのは夕方。

 開道くんは後催眠暗示にかかっていないか、メディカルセクションで徹底的に検査を受ける事になった。

 何はともあれ、捕虜交換は無事に終わったって事になるんだろう。これで後は解放運動を倒せば、万事解決めでたしめでたしって訳だ。

 ……開道くんが無事で本当に良かった。僕は久し振りに緊張が解けて、一人で深く深く眠る事ができた。



 そして――僕はいつもより二時間遅く起きた。時計を見れば午前八時。僕は急いで起きて朝食を取り、九時のカウンセリングに間に合わせる。

 日富さんに心を読んでもらった後、僕は労いの言葉をかけられた。


「昨日はお疲れ様でした。これで一つ問題が片付きましたね」

「はい。まあ、僕は何もできなかったんですけど」

「そんな事は無いでしょう」

「いや、本当にそうなんです。僕一人では解放運動を止める事も、開道くんを助ける事もできませんでした。咄嗟とっさの判断力を鍛えないと……」

「向日くん」


 日富さんは強い声で僕に呼びかけた。


「フォビアを使うだけが、あなたの価値ではないんですよ」

「そうは言っても……期待されたのは、そっち方面での活躍でしょう?」

「それは否定しませんけど。全く何の役にも立たなかった訳ではないですよね?」

「そうかも知れません」


 僕が弱気に返事をすると、日富さんは大きな溜息を吐いて、話題を変えた。


「それはそれとして、開道くんの事ですが……」

「あ、どうでしたか?」

「変な暗示をかけられているという事はなかった様です」

「良かったです」

「問題は自信を喪失しているという事ですね。向日くんも一人で落ち込んでいる場合ではありませんよ」

「はい」

「向日くんの考えは分かっています。他人のフォビアの体験談を聞かせる事で、開道くんに進むべき道を見付けさせようと思っているんですね」

「はい」


 心を読まれると隠し事ができないから面倒臭いと感じる事もあるけれど、こういう時は便利だ。提案し難い事でも伝えられる。


「副所長に話をしておきましょう。あなたはあなたで早く立ち直ってください。訓練が不十分だと思うなら、そうですね……雨田くんに付き合ってもらいましょうか?」


 雨田さんとは余り親しくないから、気乗りしないんだよなぁ……。雨田さんの方が僕の事をどう思ってるのかも、よく分からないし。日富さんは適任だと考えて雨田さんの名前を出したんだろうけど。はぁ……嫌だ嫌だと言ってる場合じゃないな。

 僕は決心して頭を下げた。


「お願いします」

「では、その様に取り計らっておきましょう」



 そしてカウンセリングが終わって、午前十時……携帯電話が鳴る。

 雨田さんからだ。


「向日、屋上に来い。訓練だ」

「はい」


 有無を言わせない態度に、僕は肯定の返事をする事しかできない。でも、雨田さんの方は乗り気みたいだ。僕が尻込みする訳にはいかない。すぐに屋上に向かおう。

 屋上という単語だけでも、過去を思い出して少し気分が落ち込むけれど、今は深くは振り返らない。


 エレベーターに乗って屋上の塔屋に出ると、雨田さんが一人で青空を見上げながら待っていた。


「意外に早かったな」

「雨田さん、おはようございます」

「おう、おはよう」


 雨田さんは気恥ずかしそうに挨拶を返すと、改めて真っすぐ僕を見て言う。


「フォビアの無効化の訓練をしたいんだってな。じゃあ、俺のフォビアを無効化してもらおうか」

「はい」

「やり方は簡単だ。そこに避雷針が立っている。俺が雷を落とすから無効化しろ」

「はい」

「口で言う程、簡単じゃないぞ。落雷は一瞬だ」


 どれだけ難しいかは、実際にやってみないと分からない。空には多少雲が見られるけれど、雨が降りそうな気配は全く無い。

 雨田さんは塔屋の上に立てられている避雷針の先端を見上げた。僕もそこに視線を向ける。5mぐらいの避雷針が真っすぐ空に向かって伸びている。

 ――次の瞬間、空が閃いてピシャッと高い音が鳴り、空気が振動する。僕は反射的に目を閉じて、腕で顔を防御した。大きな太鼓を叩いた様に、空気の振動が体中に伝わってビリビリする。

 雨田さんが呆れた声で僕に言う。


「落ちたぞ。弱い雷だが、それでも怖いだろう」


 心臓が早鐘を打っている。確かに怖い。これでも弱いのか……。


「どうだ? 無効化できそうか?」


 余りにも僕が動揺していたからなのか、雨田さんは心配そうに聞いて来た。


「……やってみます」


 僕はあぶら汗を滲ませながら答える。できないとは言えない。とにかく、やるだけやってみないと。

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