2
そこへ入浴を終えた故障さんと眠さんが、僕達のいる洋室に戻って来る。
二人共ペンションの備え付けの浴衣に着替えていたけれど、故障さんがきっちり着ているのに対して、眠さんは緩いというか……ちょっとだらしない着方。無防備で、肌の露出が多くて、妙な色気がある。
僕はそういう事はできるだけ気にしない様にして、自分から二人に話しかけた。
「故障さん、眠さん、ちょっとお聞きしても良いですか?」
「はい。何でしょう?」
故障さんは応えながら、ベッドに腰を下ろす。眠さんも返事はしなかったけれど、僕に目を向けて話を聞く姿勢。
「かなり個人的なお話になるんですけど……C機関に入った経緯とか、今の仕事を始めた理由とか、その辺の事を聞かせてもらえないかと――」
二人は
「いえ、無理にとは言いませんけど」
二人の体験を聞く事で、開道くんの悩みや迷いを解消できるんじゃないかと思ったんだけど……少し気まずい空気になってしまった。
そんな中で眠さんが口を開く。
「ん~? 話しても良いですけど?」
自分のフォビアの経験を人に明かすのは、結構な重大事のはずなのに……この人は何と言うか、軽い。
故障さんは驚きを顔に表す。僕も驚いた。
「ネム、どういうつもり?」
「そんな隠す様な事じゃないし」
「でも……」
「故障ちゃんは話したくないなら話さなくても。私の勝手で言う事だし」
眠さんは僕を見て言う。
「ちゃんと聞いてくださいね」
僕は一度開道くんに視線を送った。
当の開道くんは真っすぐ眠さんの顔を見詰めている。僕の意図が伝わっているかはともかく、開道くんも眠さんの話を聞く気みたいだ。
「私、小学校三年生の時、算数の授業で居眠りしちゃったんですよ。まぁ、ちょっと怒られただけで済んだんですけど、先生にも友達にも皆に笑われちゃって
話の途中で眠さんは一度あくびをした。
「それでー、中学一年の時にー、C機関に誘われたんですー。私の能力を有効活用してみないかって。その時に初めてフォビアの事を教えてもらって分かったんですー。C機関に入ってー、まぁー良かったと思ってますよ? そうじゃなきゃ私、一生社会のお荷物だったと思いますー」
「そこまで卑屈にならなくても」
故障さんは呆れた声で言ったけれど、眠さんはまじめな顔で言い返す。
「そう言う故障ちゃんだってさー。この現代社会で機械に頼らずに生きられる訳ないじゃーん? フォビアで全部壊しちゃうのにさー。C機関に入ってなかったら、どうするつもりだったワケー?」
「それは……」
故障さんは反論しかけて黙ってしまった。言い返せないんだな……。
僕はちらりと開道くんの反応を窺う。開道くんは思い詰めた様な表情で黙ったまま俯いていた。二人の話を聞いただけだと、フォビアを持っている人間は社会不適合者だと思い込んでもおかしくない。
失敗だったかも知れないと開道くんを気にかける僕に、眠さんは言う。
「それで……向日さん? あなたはどうなんですか?」
「どうって?」
「F機関に入った理由とか、教えてくださいよー。私も話したんですからー」
余り話したくはなかったけれど、人に話させておいて自分は言わないのも悪いし、このままだと開道くんにも悪い。ここは僕の話で何とか開道くんを前向きな気持ちにさせたい。
――僕が自分の過去を他人に語るのは初めてじゃないか? 日富さんは心を読んだからノーカウントだ。初めて話す相手が部外者で良いんだろうか?
ええい、僕の事情はどうだっていいんだ。今は開道くんのため、深刻になり過ぎない様にさらっと話そう。
「僕は……僕には仲の良い友達がいたんですけど、自殺してしまったんです。僕は彼を止められなかった。そういう無力感が、僕のフォビアと関係しているらしいです。F機関に入ったのは……複雑な経緯があって……。簡単に言えば、F機関のフォビアを持った人と偶然出会って、そこで僕のフォビアが発覚して……目を付けられたって感じです」
「
「あー、それは……ちょっと強引な勧誘だったんで。先に接触して来たのはF機関の方でしたし、断らせてもらいました。それに、僕はフォビアで困っている人の助けになりたかったんです。僕のフォビアがあれば、フォビアの暴走を止められますから」
「偉い!」
眠さんは唐突に僕を褒める。何事かと驚いた僕は一瞬硬直した。奇妙な間が空く。
……一時期は思い返す事もできなかったのに、案外すんなりと他人に過去を告白できた事が自分でも意外だった。相手が事情をよく知らない部外者だから? それとも今は責任を転嫁できる相手――多倶知という「敵」がいるから?
いや、そんな事を考えるのは後回しだ。
「幸い僕のフォビアには使い道がありましたけど、自分のフォビアを肯定的に捉えられる人は、そんなに多くありません。無い方が良かったって言う人もいます。でも、それはしょうがない事です。フォビアはトラウマが元で目覚める力ですから、嫌うのが当然なのかも知れません。望んでフォビアになる人はいないんです」
僕は自分が思い付く限りの慰めを言ったつもりだった。開道くんに伝わっているかは分からないけれど。
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